須佐神社 有田市 - 神社ファン

有名度

前頭

須佐神社

すさじんじゃ

和歌山県有田市千田1641番地

和歌山県有田市千田1641番地

拝殿

Saigen Jiro(wikipedia CC0)

かんたんご利益

  • 安全
  • 厄除
須佐神社には

「安全系」「厄除・開運系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

海の守護 災難除け

御祭神

素戔嗚尊 すさのおのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

祇園・須佐系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

須佐神社は和歌山県有田市に鎮座する神社。御祭神は素戔嗚尊の1柱をまつる。
社格は名神大社であり、旧県社。
社伝によれば、和銅6年(713年)、大和国吉野郡西川峯から現在の神社山上へ勧請されたと伝えられている。当初の社殿は山上に西面して建立されていた。
その後、海上を往来する船舶に関わる伝承があり、元明天皇の勅命によって現在地へ遷座したと伝えられる。須佐神社は古くより海上安全守護、剣難除、災難除の神として信仰を集めてきた。平安時代には延喜式神名帳に名神大社として記載されている。『三代実録』には貞観元年(859年)に須佐神が従五位を授けられた記録があり、『木国神名帳』には従一位と記されている。
建武2年(1335年)には、後醍醐天皇から須佐大神宮の宸筆による勅額と兵仗4本が下賜されたと伝えられる。同年、楠木正成により安田一円が寄進されたとも伝えられている。
天正7年(1579年)、豊臣秀吉が織田信長の命を受けて紀伊国へ侵攻した際、社殿は破壊された。社家の大江重正は神器・霊宝・縁起・記録などを唐櫃に納め、神光谷の林に隠したが、発見されて焼却され、さらに海中に沈められたと伝えられている。このため、古文書類は現在に伝わっていない。
江戸時代には紀州徳川家の累代崇敬社となり、社殿の造営や修復は藩費によって行われた。浅野家が領していた時期には祈願所とされ、田14町3反が献納された記録が残る。
社宝として、国指定文化財の太刀 銘 因州住景長が伝えられている。この太刀は徳川吉宗の奉納とされ、現在も神社に保存されている。
有田市指定文化財としては、須佐神社本殿、太刀 銘 景真 附 糸巻太刀拵、千田祭がある。千田祭は毎年10月14日に行われる例祭であり、大神輿の渡御や鯛投げ神事が執り行われる。
神紋は夏桃とされる。また、1月15日には粥占が行われ、作物の豊凶を占う神事として現在まで継承されている。
  • 県社
  • 名神大社
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神社詳細

摂末社・境内社

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例祭

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文化財

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建築

本殿 春日造

神紋

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A0%88%E4%BD%90%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E6%9C%89%E7%94%B0%E5%B8%82)
和歌山県神社庁
https://wakayama-jinjacho.or.jp/