表米神社 - 神社ファン

有名度

前頭

表米神社

ひょうまいじんじゃ

兵庫県朝来市和田山町竹田字古城山857

兵庫県朝来市和田山町竹田字古城山857

社殿

投稿者自身(wikipedia CC 表示 3.0)

かんたんご利益

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(1柱)」

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

表米神社は兵庫県朝来市に鎮座する神社。御祭神は表米宿禰命の1柱をまつる。
社格は旧村社。
この神社の由緒は、表米大明神を祀る古伝を軸に伝えられている。社伝では、表米親王は孝徳天皇の皇子軽皇子の別名とされ、但馬に流されたのち新羅の賊を討って功を立て、日下部の姓を賜った人物と伝えられる。そして白雉4年(653年)に加納岡へ帰り、朱鳥2年(687年)に薨去したのち、その地に葬られて古宮と称されたという。
社殿の成立については、天平年間に竹田城主太田垣景近が社殿を建立し、表米親王を勧請したと伝えられる。ただし、竹田城の歴代城主の年代と照らすと、太田垣景近の活動時期は中世後期にあたり、社伝の年代表現には伝承的要素が含まれると考えられる。とはいえ、竹田城と表米神社との結びつきが強く意識され、城下の信仰の中心として位置づけられていたことは確かである。さらに天正8年(1580年)に太田垣氏が滅亡した際、社殿は兵火により焼失し、翌年に仮の小祠が営まれたと伝わる。その後、朝来川の洪水によって地形が変化したため、久世田と竹田の両所に社殿が建てられ、宝永7年(1710年)に現在地へ新たに造営された。明治6年(1873年)には村社に列した。
現在の本殿は三間社流造で、千鳥破風を備える。表米神社の最大の特色は、境内に残る相撲桟敷である。参道脇の広場には、中央の土俵を囲むように半円形6段の石積段型桟敷が築かれており、全国的にも極めて珍しい遺構として兵庫県指定の重要有形民俗文化財となっている。江戸末期から明治期の座席割図が残り、村の行事に用いられていたことが確認できる。桟敷の正面には舞台も設けられ、能や歌舞伎などの上演に使用されたと考えられている。秋には諏訪神社とともに竹田秋祭りの舞台の一つとなり、城下町に受け継がれてきた祭礼文化を今に伝えている。
  • 村社
スポンサーリンク

神社詳細

摂末社・境内社

情報募集

例祭

情報募集

文化財

情報募集

建築

情報募集

神紋

情報募集

出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A1%A8%E7%B1%B3%E7%A5%9E%E7%A4%BE
兵庫県神社庁
https://www.hyogo-jinjacho.com/