親子さざれ石 | 湊川神社 - 神社ファン

有名度

関脇

湊川神社

みなとがわじんじゃ

兵庫県神戸市中央区多聞通3丁目1−1

親子さざれ石

更新日:2025年12月25日

楠木正成公・正行公親子の姿に見立てた石

本殿向かって右手側には、2008年(平成20年)11月に奉納された「親子さざれ石」が置かれています。
親子さざれ石
さざれ石とは、細かい石が石灰岩から溶け出した成分によって接合し、長い年月をかけて固まった礫岩のことです。国歌「君が代」に詠まれていることでも知られています。湊川神社に安置されているさざれ石は、京都府舞鶴市岡田由里の砕石山から採取されたもので、この地域の地層は約2億4千年前に隆起してできたとされています。大小二塊の石の姿が、桜井の駅で正成公がわが子・正行公を諭す場面に重なることから「親子さざれ石」と名付けられました。
親子さざれ石 正面
「桜井の駅」とは、現在の大阪府三島郡島本町にあった古代の駅家の跡で、国の史跡に指定されています。湊川の戦いに向かう正成公は、この地で11歳の正行公を呼び寄せ、自らの死後も帝への忠誠を尽くし、決して一族の栄達を望んではならないと諭して河内の国へ帰しました。太平記屈指の名場面であり、唱歌「青葉茂れる桜井の」(桜井の訣別)として多くの人々に親しまれています。
身命を賭して貫かれた正成公の志は正行公へと受け継がれ、さらに三代50余年にわたって一族に伝えられました。この忠誠の精神は幕末の志士たちにも大きな影響を与え、明治維新への原動力となりました。

史跡桜井駅跡

湊川神社から車で約1時間30分、大阪府三島郡島本町に史跡桜井駅跡があります。JR島本駅の東側、京都から西宮へ向かう西国街道沿いに位置しており、1921年(大正10年)に国の史跡に指定され、その後、史跡公園として整備されました。
敷地内には「桜井の別れ」にちなんだ碑が数多く残されており、著名人が建立したものも見られます。現在は地域の人々に親しまれる公園となり、イベントなども開催されています。
史跡桜井駅跡663highland(wikipedia CC 表示 2.5)

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