御社殿・御祭神・ご利益 | 湊川神社 - 神社ファン

有名度

関脇

湊川神社

みなとがわじんじゃ

兵庫県神戸市中央区多聞通3丁目1−1

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御社殿・御祭神・ご利益

更新日:2026年11月5日

戦後の神社建築を代表する社殿

参道を進んだ先には、御祭神をお祀りする湊川神社の本殿が建っています。以前の本殿は1935年(昭和10年)の大楠公600年大祭に合わせて建てられましたが、1945年(昭和20年)の神戸大空襲によって社務所などとともに焼失しました。
現在の本殿は、戦後の1952年(昭和27年)に復興されたものです。権現造に似た八棟造と呼ばれる様式を鉄筋コンクリート造で再現しており、戦後の新しい神社建築を代表する建物として知られています。
御社殿
本殿には三つの御扉があり、御祭神がお祀りされています。中央には主祭神である楠木正成公、向かって右側には大楠公夫人、さらに楠木正成公の嫡男・楠木正行公(小楠公)をはじめ、弟の楠木正季卿以下、湊川の戦いで殉節した御一族16柱と菊池武吉卿が祀られています。
社殿内からみえる本殿
御扉の近くには、近代日本を代表する彫刻家・平櫛田中が手がけた金色の獅子・狛犬像が安置されています。その腹中には「国家の隆盛・国民の幸福・世界の平和」を祈る祈願文が納められており、単なる装飾ではなく、祈りを込めて制作された作品であることが分かります。
棟方志功画の獅子狛犬
さらに社殿には、世界的な版画家として知られる棟方志功が描いた「獅子狛犬図」もあります。躍動感あふれる紅の獅子と朱の狛犬が描かれ、棟方志功のサインが鏡文字になっているのも見どころです。その上に記された「降魔・伏邪」の賛は徳富蘇峰の絶筆で、95歳とは思えない力強い筆致が残されています。

164点の絵画が埋め尽くす本殿天井

本殿を参拝する際には、正面だけでなく天井にも注目です。
1952年(昭和27年)の本殿再建に際して、全国の著名な画家から絵画が奉納されました。折り上げ格天井には164点もの作品が収められ、天井いっぱいを絵画が埋め尽くしています。
中央には兵庫県を代表する日本画家・福田眉仙による大青龍が描かれています。さらに棟方志功をはじめとする著名な画家たちの作品が並び、神社建築の内部でありながら、一つの大きな美術空間のような景観をつくり出しています。
神戸大空襲によって社殿を失った湊川神社が戦後に復興する際、全国の画家から寄せられた作品であることを考えると、天井画は現在の本殿とともに戦後復興の歴史を伝える存在でもあります。
社殿内の天井絵
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御祭神・ご利益

湊川神社は、兵庫県神戸市に鎮座し、南北朝時代の武将である楠木正成公を主祭神としてお祀りする神社です。
楠木正成公は鎌倉時代末期から南北朝時代にかけて後醍醐天皇に仕えた武将で、優れた知略をもって少数の兵で大軍と戦ったことで知られています。後醍醐天皇への忠節を貫いた生涯から、後世には「忠義」を象徴する人物として広く崇敬されるようになりました。
湊川神社では主祭神の楠木正成公に加え、嫡男の楠木正行公(小楠公)を配祀しています。正行公は父・正成公の遺志を継いで南朝方の武将として戦い、1348年(正平3年・貞和4年)の四條畷の戦いで最期を迎えました。父子二代にわたって後醍醐天皇と南朝に忠節を尽くした姿が、後世に顕彰されています。
さらに本殿には、湊川の戦いで楠木正成公とともに殉節した弟の楠木正季卿をはじめとする御一族16柱と、菊池武吉卿もお祀りされています。
こうした御祭神の由緒から、湊川神社では開運招福や厄除をはじめ、家内安全、交通安全、夫婦良縁、情報業・流通業繁栄、学業成就、商売繁盛など幅広いご利益があるとされています。楠木正成公の智・仁・勇の三徳と誠忠節義の精神を慕い、人生の節目に参拝する人も多い神社です。
社殿内と賽銭箱

楠木正成公の夫人をお祀りする「甘南備神社」

湊川神社には、楠木正成公の夫人をお祀りする摂社「甘南備神社」があります。
大楠公夫人は、正成公亡き後に正行公ら子どもたちを育て、一族を支えた女性として「婦人の鑑」として崇敬されてきました。また正成公を内助の功によって支えたことから、現在では「夫婦の鑑」「家内安全の神」としても信仰されています。
甘南備神社は1906年(明治39年)9月22日に御本殿の東側に鎮座しました。「甘南備」の名は、大楠公夫人ゆかりの河内国甘南備にちなみます。
しかし、1945年(昭和20年)の神戸大空襲によって社殿が焼失しました。戦後の復興にあたって独立した社殿は再建されず、御神霊は本殿へ遷され、現在は楠木正成公の御霊とともにお祀りされています。
現在も毎月17日には甘南備神社月次祭、毎年9月22日には例祭が執り行われ、大楠公夫人の事績を偲び称えています。

楠木正成公と運命を共にした菊池武吉

楠木一族とともに菊池武吉卿が祀られていることを、不思議に思う方もいるかもしれません。
武吉卿は肥後国、現在の熊本県を本拠とした菊池氏の出身で、13代当主・菊池武重公の弟にあたります。菊池氏と楠木正成公には深い縁がありました。
1333年(元弘3年)、菊池氏12代当主の菊池武時公は鎌倉幕府の鎮西探題を攻めて討死しました。鎌倉幕府滅亡後、正成公は後醍醐天皇に武時公の忠節と功績を伝えたとされ、菊池氏にとって正成公は恩義のある人物でした。
1336年(延元元年・建武3年)の湊川の戦いでは、兄の武重公が戦況を確認するため、弟の武吉卿を正成公のもとへ向かわせました。
武吉卿が到着した時、正成公はすでに戦いに敗れ、弟の正季卿らと最期を迎えようとしていました。正成公は武吉卿に帰るよう促したと伝えられています。しかし武吉卿は、恩義ある正成公を残して自分だけが生きて帰ることを選ばず、楠木兄弟らとともに自刃しました。
この忠節によって、菊池武吉卿は楠木一族とともに湊川神社の御祭神としてお祀りされています。
青銅製狛犬と御社殿
戦後復興を象徴する社殿、164点の天井画、平櫛田中や棟方志功らによる美術作品、そして楠木正成公を中心とする御祭神それぞれの物語。本殿は湊川神社の信仰の中心であると同時に、建築、美術、歴史という複数の見どころが凝縮された場所です。

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