第一鳥居と「三國山」の井戸 | 方違神社 - 神社ファン

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方違神社

ほうちがいじんじゃ

大阪府堺市堺区北三国ヶ丘町2-2-1

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第一鳥居と「三國山」の井戸

更新日:2026年9月8日

鳥居

方違神社の表参道入口に立つのが、石造の明神鳥居です。正面には大きな「方違神社」の扁額が掲げられ、鳥居をくぐると木々に囲まれた参道が御社殿へと続きます。
第一鳥居
現在はこの鳥居が方違神社の表参道を示す唯一の鳥居ですが、かつては参道の途中に第二鳥居があり、裏参道の入口にも石鳥居が建っていました。第二鳥居と裏参道の石鳥居はいずれも現存しておらず、摂末社の鳥居を除けば、現在の境内で見られるのはこの第一鳥居のみとなっています。
裏参道入口
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「三國山」の井戸と手水舎

第一鳥居をくぐった先には手水舎があります。そのすぐ横に残されているのが、「三國山」と大きく刻まれた石造の井戸です。現在は井戸として使用されていませんが、この「三國山」の文字は、方違神社の方災除け信仰を知るうえで注目したいものです。
手水舎
方違神社が鎮座する一帯は、かつて摂津・河内・和泉の3国の境に位置し、「三國山」や「三国丘」と呼ばれていました。『万葉集』にも「三国山」の名が詠まれており、古くからこの地を表す名称として使われていたことがわかります。
3国の境でありながら、そのいずれにも属さない場所であることから、この地は方位のない清らかな土地と考えられるようになりました。方位がなければ方角による災いも受けないとされ、方違神社が方災除けの神社として信仰される大きな理由となっています。
三國山と刻まれた井戸
その名残は現在にも残り、方違神社の所在地は「堺市堺区北三国ヶ丘町」です。境内に残る「三國山」の井戸と現在の地名の双方から、かつて3国の境であった土地の歴史をうかがうことができます。
何気なく通り過ぎてしまいそうな手水舎脇の井戸ですが、「三國山」の文字に注目すると、方違神社がこの場所に鎮座し、なぜ方災除けの神社として信仰されてきたのかが見えてきます。

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