有名度
横綱伏見稲荷大社
ふしみいなりたいしゃ
京都府京都市伏見区深草藪之内町68
末社 藤尾社
更新日:2025年5月19日
藤尾社
藤尾社は伏見稲荷大社の末社で、御祭神は舎人親王(とねりしんおう)です。舎人親王は「学問の祖神」や「日本最古の学者」と崇敬されています。現在の社殿は一間社流見世棚造の檜皮葺で1589年(天正17年)の社頭図に「藤尾天皇再興 南向」とあるのが初出であり、1680年(延宝8年)に天皇塚の崩れた跡に小社を新築して藤尾社を創建したと記録があります。社殿は国の重要文化財に指定されています。
藤森神社との関係
この藤尾社は、京都にある藤森神社と深い関わりがあるとされています。藤森神社の祭神に舎人親王が祀られていますが、この舎人親王は現在の伏見稲荷大社の地にあった藤尾社が移転されて藤森神社に祀られたという説があります。
何故移転したのかは2つの説があります。
室町幕府6代将軍である足利義教が1438年(永享10年)に後花園天皇の勅令をうけ、稲荷山にあった稲荷の祠(三ヶ峰にあった社現在の上之社神蹟・中之社神蹟・下之社神蹟)を山麓(現在の伏見稲荷大社の場所)に移して、稲荷社と社号を改めました。
遷した場所は藤尾とよばれる土地でもともと藤尾社がありましたが、藤尾社は現在の藤森神社に移りました。その影響で藤森神社の境内社の真幡寸神社(まはたきじんじゃ)が城南宮へ移されました。という説。
伏見稲荷大社の社殿が建つ場所はもともと藤森神社の境内地でした。ある時、藤森神社に伏見稲荷大から「稲藁の束を置く場所を借りたい」と打診がありました。
藤森神社はそのくらいの場所ならたいした広さの土地はいらないだろうと思って了承したが、伏見稲荷大社は藁をバラして1本ずつ並べてつなぎ合わせて広く土地を囲いました。
藤森神社は一度了承したため、受け入れるしかなく、現在の場所に移転しました。
真実はわかりませんが、元々藤尾社があって、現在の藤森神社に移転したことは間違いなさそうです。
どちらの説も藤尾社に対して一方的な理由で移転させられたので、藤尾社にお詫びと敬意を込めて、社殿が建てられたのではないかと思います。

藤尾社への行き方
第一鳥居を過ぎて、第二鳥居、楼門の手前の左側に藤尾社を含む境内社が3つありますので、見落とさずチェックしましょう。

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