有名度
横綱伏見稲荷大社
ふしみいなりたいしゃ
京都府京都市伏見区深草藪之内町68
末社 藤尾社
更新日:2026年7月17日
学問の神・舎人親王を祀る歴史ある末社
藤尾社は伏見稲荷大社の末社で、御祭神は舎人親王(とねりしんのう)です。舎人親王は『日本書紀』の編纂に携わった皇子として知られ、「学問の祖神」「日本最古の学者」として広く崇敬されています。現在の社殿は一間社流見世棚造、檜皮葺で、1589年(天正17年)の社頭図に「藤尾天皇再興 南向」と記されているのが初見です。その後、1680年(延宝8年)に天皇塚跡へ小社が建立され、現在の藤尾社となりました。社殿は国の重要文化財に指定されています。
藤森神社との関わり
藤尾社は、京都市伏見区にある藤森神社と深い関わりがあると伝えられています。藤森神社では舎人親王を御祭神の一柱として祀っていますが、その由緒には、もともと現在の伏見稲荷大社の地である「藤尾」に鎮座していた藤尾社が藤森神社へ遷座されたと伝えられています。
その経緯については古くから二つの説があります。
一つは、1438年(永享10年)、後花園天皇の勅命を受けた足利義教が、稲荷山三ヶ峰の社を現在の山麓へ遷座した際、もともと藤尾の地にあった藤尾社が藤森神社へ移されたという説です。
もう一つは、現在の伏見稲荷大社周辺がもともと藤森神社の社地であり、伏見稲荷大社創建に伴って藤森神社が現在地へ移ったという伝承です。この話には「稲藁を一本ずつ並べて境界を定めた」という有名な逸話も残されています。
いずれも伝承の域を出るものではありませんが、藤尾社と藤森神社が古くから深い関わりを持っていたことを示すものとして今日まで語り継がれています。

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藤尾社への行き方
藤尾社は第一鳥居をくぐり、第二鳥居を過ぎて楼門へ向かう途中、左手に鎮座しています。

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