有名度
横綱伏見稲荷大社
ふしみいなりたいしゃ
京都府京都市伏見区深草藪之内町68
末社 玉山稲荷社
更新日:2026年7月17日
宮中から伏見稲荷へ遷座した由緒ある末社
権殿の北側にある鳥居をくぐり、石段を上った先に鎮座しているのが玉山稲荷社(たまやまいなりしゃ)です。伏見稲荷大社の末社で、御祭神は玉山稲荷大神(たまやまいなりおおかみ)です。現在は伏見稲荷大社の境内に鎮座していますが、もともとは東山天皇が宮中で奉祀していた稲荷社でした。天皇崩御後も大切に受け継がれ、現在は伏見稲荷大社に遷座されているという、境内社の中でも珍しい由緒を持っています。

東山天皇の崩御後、この社は天皇に仕えていた松尾月読神社の社家・松室重興氏が預かり、その後は私邸のあった現在の京都市左京区修学院へ遷座されました。さらに1874年(明治7年)、諸般の事情により現在の伏見稲荷大社へ遷座され、現在に至っています。
「玉山稲荷社」という社名は、修学院時代に鎮座していた「玉山」という地名に由来しています。現在も社名にその名が残されており、伏見稲荷へ遷座する以前の歴史を今に伝えています。
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供物所
玉山稲荷社に向かって左側には供物所があります。1859年(安政6年)に、稲荷山に鎮座する神々へ供物をお供えする施設として建立されました。正面中央の格子戸下部に供物を差し入れるための開口部が設けられている全国的にも珍しい構造で、建築上の見どころの一つとなっています。当時の祭祀の様子を今に伝える貴重な建物です。

神馬舎
玉山稲荷社の右手には神馬舎があります。神馬を祀る建物で、供物所とともに玉山稲荷社を囲むように配置されています。派手さはありませんが、境内全体に落ち着いた雰囲気を与えており、古くから受け継がれてきた神社建築の一つとして見ることができます。

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