稲荷山とお塚と七神蹟 | 伏見稲荷大社 - 神社ファン

有名度

横綱

伏見稲荷大社

ふしみいなりたいしゃ

京都府京都市伏見区深草藪之内町68

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稲荷山とお塚と七神蹟

更新日:2026年8月20日

稲荷山

稲荷山は京都市東山区にある標高233メートルの山で、東山三十六峰の最南端に位置します。伏見稲荷大社の本殿裏に広がるこの山全体が御神体であり、古くから神域として大切に守られてきました。
古くは三ケ峰(みつがみね)とも呼ばれ、一ノ峰・二ノ峰・三ノ峰の三つの峰を中心に、間ノ峰や荒神峰などが連なっています。山内には約4キロに及ぶ巡拝路が整備され、千本鳥居をはじめ、お塚や神蹟、数多くの末社が点在しています。
現在も多くの参拝者が山全体を巡拝し、稲荷大神への感謝や願いを捧げています。
稲荷山

七神蹟

神蹟(しんせき)とは、古く稲荷大神が降臨したと伝えられる特に神聖な場所です。
かつてはそれぞれの神蹟に社や祠が建ち、丁重にお祀りされていましたが、応仁の乱によってすべて焼失しました。その後、長い間再建されることはありませんでしたが、明治時代になって神蹟の位置が改めて定められ、現在の親塚や社殿が整備されました。
稲荷山には現在、

* 一ノ峰(上之社神蹟)
* 二ノ峰(中之社神蹟)
* 三ノ峰(下之社神蹟)
* 荒神峰(田中社神蹟)
* 間ノ峰(荷田社神蹟)
* 御膳谷奉拝所
* 御劔社(長者社神蹟)

の七か所があり、「七神蹟」と総称されています。
七神蹟に祀られている神々の名前は、本殿の御祭神とは異なる神名で伝えられています。古くから受け継がれてきた神号が現在も用いられていますが、その違いが生まれた詳しい理由は明らかになっていません。
七神蹟
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お塚とは

稲荷山を歩くと、至る所で石碑や小さな祠を見ることができます。これらは「お塚」と呼ばれ、伏見稲荷大社ならではの信仰文化です。
伏見稲荷大社では、お塚について
「稲荷大神様に別名を付けて信仰する人々が、その神名を石に刻み、お山へ奉納したもの」
と説明しています。
現在、稲荷山には約1万基のお塚があるといわれ、千本鳥居と並ぶ伏見稲荷大社を代表する信仰景観となっています。実際には鳥居よりもお塚の方が数が多いともいわれています。
お塚は神社の摂社・末社ではなく、あくまでも個人や講社が信仰の対象として奉納したものです。そのため、一つひとつに異なる神号が刻まれ、願いや感謝の気持ちが込められています。

なぜお塚が生まれたのか

現在見られるお塚が急速に増え始めたのは、明治時代以降と考えられています。
きっかけは、明治政府による神仏分離政策や神社制度の整備でした。それまで地域ごとにさまざまな神名で信仰されていた稲荷神は、次第に「稲荷大神」として整理されるようになります。
分かりやすく例えると、ある村には伏見稲荷大社から分霊された〇〇大神や**△△大神**を祀る神社がいくつもありました。しかし制度の変更により神社が統合され、それぞれの神様も「稲荷大神」として祀られるようになりました。
もちろん元をたどれば同じ稲荷大神ですが、それまで親しんできた神様の名前を残したいという人々も少なくありませんでした。
そこで、自分たちが信仰してきた神様の名前を刻んだ石碑を稲荷山へ奉納し、これまでと同じ神名で信仰を続けるようになったものが「お塚」です。
お塚

七神蹟とお塚

稲荷山のお塚は山全体に点在していますが、特に七神蹟の周囲には数多く奉納されています。
これは、七神蹟が稲荷大神の降臨地として特に神聖な場所と考えられているためです。多くの人々が神様の近くで祈りを捧げたいという思いから、お塚を奉納し、現在の独特な景観が形成されました。
千本鳥居が伏見稲荷大社の象徴であるなら、お塚は稲荷山信仰そのものを今に伝える存在です。山中に点在する約1万基のお塚を巡ることで、全国約3万社の稲荷神社の総本宮として受け継がれてきた、人々の厚い信仰を肌で感じることができるでしょう。

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