有名度
横綱伏見稲荷大社
ふしみいなりたいしゃ
京都府京都市伏見区深草藪之内町68
楼門
更新日:2025年5月19日
一の鳥居から参道を進みと真正面に楼門があります。
楼門の建物は二階建ての梁間三間の対称的な構造な朱色が基調とされた美しい門です。2014年に国の重要文化財に指定されています。
屋根は入母屋造で、檜皮葺です。左右両側には随神像が配置され、右側には右大臣、左側には左大臣の神像が置かれています。平安貴族のような装束で、皇族を守る近衛隊のような役割をしています。
古くから向かって左が上座だったことから、左側に位の高い人が座ることが多く、左大臣は年配、右大臣は若手となっています。狛犬や白狐と共に阿吽の関係も同じで、向かって左側が口を開けている「阿形」、右側が口を閉じている「吽形」です。
その後も徳川家からの寄進によって支えられ、1694年(元禄7年)の徳川綱吉の時代に、大規模な修繕が行われました。その際に場所が10メートル西に移動し、東西の回廊も増築されたと言われています。現在の建物は、1882年(明治15年)に大幅に修理されたものと言われています。
楼門の建物は二階建ての梁間三間の対称的な構造な朱色が基調とされた美しい門です。2014年に国の重要文化財に指定されています。


豊臣秀吉が寄進の楼門
楼門の創建時期は正確にはわかっていませんが、応仁の乱より前ではと伝えられています。応仁の乱以降120年経った1589年(天正17年)に、豊臣秀吉が母親である大政所の病気平癒を祈願して一万石寄進され、建造されたと言われています。その時の祈願の手紙は今でも伏見稲荷に現存され、母親の寿命を3年延ばして欲しいと。それが無理なら2年、少なくとも30日は延命して欲しいと書かれていました。その願いが通じたのか、大政所はそれから4年生きたと言われています。

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