末社 齋稲荷社 | 晴明神社 - 神社ファン

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晴明神社

せいめいじんじゃ

京都府京都市上京区堀川通一条上ル晴明町806-1

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末社 齋稲荷社

更新日:2026年8月5日

齋稲荷社

本殿の右側には、晴明神社の末社である「齋稲荷社(いつきいなりしゃ)」があります。このお社は「稲荷社」「天満社」「地主社」の三社を合わせてお祀りしたもので、倉稲魂命(うかのみたまのみこと)、菅原道真公、地主神の3柱を御祭神としています。五穀豊穣や商売繁盛を司る倉稲魂命、学問の神として知られる菅原道真公、土地を守護する地主神が一つのお社に祀られており、本殿への参拝とあわせてお参りする人も少なくありません。
齋稲荷社 拝所Naokijp(Wikipedia CC 表示-継承 4.0)
「齋稲荷社」の名称は、かつて稲荷社が賀茂神社に奉仕する斎王(さいおう)が潔斎生活を送った「斎院御所」にあったことに由来すると伝えられています。晴明神社の歴史を伝える由緒ある末社であり、現在も地域の人々や参拝者から篤い信仰を集めています。また、三社が一つにまとめられていることから、それぞれの神徳をあわせて授かれるお社として親しまれています。
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稲荷信仰と安倍晴明

晴明神社が稲荷信仰と深く結び付けられる理由には、安倍晴明にまつわる数々の伝承があります。晴明は稲荷神の化身であったという説や、母・葛の葉が白狐となって現れた稲荷神の使いであったという伝説は、現在でも広く知られています。そのため、晴明が陰陽術や式神を自在に操った不思議な力は、稲荷神の加護によるものではないかと考えられるようになり、晴明信仰と稲荷信仰は次第に結び付いていきました。
齋稲荷社 社殿
平安時代以降、陰陽師は災厄を払い、人々の暮らしを守る存在として信仰されるようになります。災厄除けや開運を願う稲荷信仰との共通点も多く、両者は自然に習合していったと考えられています。現在でも境内にはその名残が色濃く残され、齋稲荷社は晴明神社と稲荷信仰の結び付きを今に伝える象徴的な存在です。本殿への参拝とあわせてお参りすることで、安倍晴明の信仰がどのように受け継がれてきたのかを、より深く感じることができるでしょう。

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