和気清麻呂公銅像・さざれ石 | 護王神社 - 神社ファン

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護王神社

ごおうじんじゃ

京都府京都市上京区桜鶴円町385

和気清麻呂公銅像・さざれ石

更新日:2025年12月20日

和気清麻呂公銅像

護王神社の境内には、御祭神である和気清麻呂公命(わけのきよまろこうのみこと)の姿をかたどった銅像が建てられています。御所の方向を真っすぐに見つめるその姿は、境内の中でも印象的な存在で、参拝者の目を引きます。
和気清麻呂公命は、奈良時代から平安時代初期にかけて活躍した人物で、769年(神護景雲3年)に起きた道鏡事件(宇佐八幡宮神託事件)において、皇統を守るために重要な役割を果たしました。その功績により、後に桓武天皇から厚い信任を受け、平安京遷都にも深く関わった人物として知られています。
護王神社が「護王」の社名を掲げる背景には、和気清麻呂公命が皇統と国家を守った人物であるという歴史的評価があります。境内に建てられたこの銅像は、そうした評価を現代に伝える存在であり、護王神社の由緒と精神を象徴するものといえます。
この和気清麻呂公命の銅像を手がけたのは、造形作家の松本繁来氏です。像は1998年(平成10年)、和気清麻呂公千二百年祭を記念して建立されました。台座に刻まれた「和気清麻呂公」の文字は、茶道裏千家前家元・千玄室氏による揮毫です。
和気清麻呂公銅像

さざれ石

護王神社の境内奥には、国歌「君が代」に詠まれることで知られる「さざれ石」が据えられています。小さな石(さざれ)が長い年月をかけて結合し、一つの大きな岩へと成長した姿を今に伝えるものです。
護王神社のさざれ石は、幅約3メートル、高さ約2メートルと非常に大きく、大小さまざまな石が集まって一体となった姿が特徴です。その規模から、日本最大級のさざれ石ともいわれています。
さざれ石は、石灰質によって小石が固結した「角礫岩(かくれきがん)」の一種で、形成には非常に長い時間を要します。この成り立ちから、「小さなものが積み重なり、やがて大きな存在となる」ことを象徴する石として、古くから国家の安泰や永続、繁栄を願う縁起の良い存在とされてきました。
派手な装飾はありませんが、長い年月を経て形づくられた自然そのものの力を感じられる点が、このさざれ石の大きな魅力です。
さざれ石

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