足萎難儀回復の碑 | 護王神社 - 神社ファン

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護王神社

ごおうじんじゃ

京都府京都市上京区桜鶴円町385

足萎難儀回復の碑

更新日:2025年12月19日

足萎難儀回復の碑

護王神社の境内には、本殿右側の御神木・招魂樹(おがたまのき)近くに「足萎難儀回復の碑(あしなえなんぎかいふくのひ)」と呼ばれる石碑が建てられています。この碑は、足腰の病気や怪我からの回復を願う祈願碑として、多くの参拝者に親しまれている見どころの一つです。
碑が示す「足萎難儀」とは、御祭神・和気清麻呂公命が、769年(神護景雲3年)の道鏡事件(宇佐八幡宮神託事件)に関わったことにより流罪となり、その途中で足の自由を奪われる重い苦難を受けたことを指します。清麻呂公命は足萎えの状態となり、歩くことすら困難な状況に置かれたと伝えられています。
しかし、その後清麻呂公命は回復し、再び歩くことができるようになったとされます。この「足萎えの難儀からの回復」という故事が、護王神社における足腰守護信仰の根幹となり、現在に至るまで多くの人々が足腰の健康や回復を願って参拝する理由となっています。
足萎難儀回復の碑は、こうした清麻呂公命の受難と回復の由来を後世に伝えるために建てられたもので、御守袋の形をした石碑が特徴です。参拝者は、この石碑をさすったり、碑の前に置かれた足型が刻まれた石の上に乗ったりしながら、足腰の病気や怪我の回復を祈願します。
足型が刻まれた石は、高さのある石と地面と段差のない石の二種類が設けられており、参拝者の体調や足腰の状態に応じて選ぶことができます。高さのある石の前には手すりが備えられているため、足腰に不安のある方でも安心して祈願できるよう配慮されています。
この足萎難儀回復の碑は、御千度車や座立亥串と並び、護王神社が足腰守護の神社として篤く信仰されてきたことを実感できる場所です。清麻呂公命の生涯とその回復の物語に触れることで、護王神社の足腰信仰の背景をより深く理解することができます。
足萎難儀回復の碑

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