楼門・手水舎 | 真清田神社 - 神社ファン

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真清田神社

ますみだじんじゃ

愛知県一宮市真清田1丁目2−1

楼門・手水舎

更新日:2026年3月24日

楼門

大鳥居と御社殿の間に建つ真清田神社の楼門は、1961年(昭和36年)11月に再建されたものです。
真清田神社 神橋と楼門
以前の楼門は、第二次世界大戦末期の1945年(昭和20年)7月の一宮空襲によって焼失しましたが、戦後の復興造営によって社殿の再建が進められ、1957年(昭和32年)に本殿・拝殿など主要社殿が再興されたのに続き、この楼門も再建されて現在の姿となりました。
真清田神社 楼門
楼門は二層構造の重厚な門で、大鳥居から続く参道の正面に建ち、境内の中心へ入る節目となる建築です。扉には真清田神社の神紋である金色の「九枚笹(くまいざさ)」が据えられ、門としての威厳を感じさせます。
真清田神社 楼門の御神紋
また楼上南側には「真清田大神」と刻まれた扁額が掲げられています。この扁額は、旧額に伝わる聖武天皇宸筆とされる文字をもとに制作されたもので、人間国宝の彫刻家・平櫛田中が彫刻を施したものと伝えられています。
真清田神社 楼門の扁額
さらに真清田神社の由緒によれば、江戸時代の宝永4年(1707年)には4代尾張藩主・徳川吉通によって楼門が再建された記録もあり、現在の楼門はそうした再建の歴史を受け継ぐ存在でもあります。

手水舎

楼門をくぐった左手に手水舎があります。手水舎は、1945年(昭和20年)7月の一宮空襲の際にも焼失を免れた建物で、戦災によって社殿の多くが失われた境内の中で、往時の姿を今に伝える貴重な存在です。
真清田神社 手水舎
手水舎中央には吐水龍が据えられています。この龍は1631年(寛永8年)に初代尾張藩主・徳川義直によって奉納されたものに由来しますが、350年以上にわたり風雨にさらされたため保存が難しくなり、現在手水舎に置かれているのはレプリカです。本物の吐水龍は境内の宝物館に保管されています。
真清田神社 手水舎 吐水龍

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