有名度
関脇来宮神社
きのみやじんじゃ
静岡県熱海市西山町43-1
来宮弁財天
更新日:2026年9月23日
知る人ぞ知るパワースポット
本殿に向かってすぐ右手側には朱色の鳥居が立っており、その先に来宮神社の摂社「来宮弁財天」が鎮座しています。芸能上達や立身出世、営業繁昌、身体強健などの御神徳があるとされ、特に開運出世を願う人々から篤い信仰を集めています。また、弁天岩とともに金運のパワースポットとしても知られています。
来宮弁財天では2024年(令和6年)に社殿の改修が行われ、同年5月1日に新社殿が竣工しました。

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来宮弁財天の御由緒
来宮弁財天には、江戸時代の武士の立身出世にまつわる興味深い由緒が伝えられています。1774年(安永3年)8月、江戸に住んでいた徳川家の武臣・大久保将監は立身出世を願い、霊験あらたかと聞いた奥州金華山の弁財天を目指して、供侍一人を連れて江戸を出発しました。
遠路を経て金華山へ到着すると、その熱意に感心した別当から神を拝するためのさまざまな修法を授けられました。大久保将監は21日間にわたって水をとり、熱心に祈願を続けます。
すると満願の日、滝壺から「宝珠の石」が現れたと伝えられています。その霊体には「軍を破る七つの星」の姿が現れていたとされ、さらに7年間、日夜信仰を続けたところ願いが成就し、ついには「豊前守」にまで出世したといいます。
さらに1784年(天明4年)には、滝川という武臣も信仰を続けたことで大願が成就し、老中の職にまで出世したと古記に記されています。
その後、大久保豊前守はこれほど霊験あらたかな御神体を俗家に安置するのは恐れ多いとして、1796年(寛政8年)に秩父霊場、現在の秩父神社へ預けました。
1824年(文政7年)、熱海本陣「今井半太夫」に東武秩父山八十一翁万国僧庵という人物が滞在した際、この弁財天の由緒が語られました。当時は飢饉や疫病などに苦しめられていたため、それらを鎮めるために熱海郷の役人や村民たちによって来宮神社に安置され、永代の鎮守として仰ぎ奉ることになったと伝えられています。
こうした由緒から、来宮弁財天は立身出世をはじめとする御神徳で信仰され、現在まで多くの人々が祈願に訪れています。

神々が宿った磐座「弁天岩」
来宮弁財天の社殿の前には、巨大な磐座「弁天岩」があります。古くから神々が宿っていたと伝えられる神聖な岩で、来宮弁財天とともに金運のパワースポットとして注目を集めています。
蛇は弁財天と深い関係を持つ存在として知られ、繁栄や財運とも結びつけられてきました。そのため弁天岩に触れて金運を願う人も多く、岩そのものに触れながら参拝できることでも知られています。

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