御井神社 養老郡養老町 - 神社ファン

有名度

前頭

御井神社

みいじんじゃ

岐阜県養老郡養老町金屋237番地

岐阜県養老郡養老町金屋237番地

鳥居と拝殿

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かんたんご利益

御祭神

御井神 みいのかみ

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(1柱)」

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

御井神社は岐阜県養老郡養老町に鎮座する神社。御祭神は御井神の1柱をまつる。
社格は式内社であり、旧郷社。
御井神社の創建年紀は不詳であるが、古くから多芸郡における古社の一つとして知られてきた。「美濃国神名帳」には従五位下御井神の名が見え、早い段階から地域で一定の神格をもって祀られていたことがうかがえる。
中世以前、御井神社は現在地よりやや東方の地に鎮座していたと伝えられる。旧社地の境内には旱魃の年でも枯れることのない井戸があり、その水は周辺の田畑を潤す用水として利用されてきたという。この井戸の存在は社名の由来とも深く結びつき、水を司る神への信仰が当地の暮らしと不可分であったことを示している。御井神社が井戸・水の守護神として崇敬されてきた背景は、こうした実生活に根ざした信仰にあったと考えられる。
鎌倉時代の正応年間には洪水によって大きな被害を受け、一度は社殿が損壊したと伝えられる。その後に再建されたものの、安土桃山時代の天正年間には戦乱の兵火により焼失し、社勢は大きく衰退したという。
さらに江戸時代前期の正保年間にも洪水の被害を受け、これを機に近隣の神明神社の地へ遷座し、御井神社は神明神社の境内社として祀られるようになった。旧社地は耕地となり、かつての社地の面影は失われていったが、井戸の存在とともに記憶として語り継がれてきた。
明治元年(1868年)には社格の整理が行われ、御井神社が主社、神明神社が境内社という位置づけに改められた。続く明治6年(1873年)には近代社格制度のもとで郷社に列し、地域神社としての位置が公的にも定められる。
さらに明治14年(1881年)には現在地にあたる春日神社の境内へ遷座し、今日に至っている。幾度もの洪水や戦乱、遷座を経ながらも、御井神社は水の神を祀る社として信仰を保ち続け、土地の歴史と生活に寄り添いながらその姿を変えてきた神社である。
  • 郷社
  • 式内社(小)
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神社詳細

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%A1%E4%BA%95%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E9%A4%8A%E8%80%81%E7%94%BA)
岐阜県神社庁
https://www.gifu-jinjacho.jp/