八剱神社 岐阜県羽島市竹鼻町 - 神社ファン

有名度

前頭

八剱神社

はっけんじんじゃ

岐阜県羽島市竹鼻町3298番地の1

岐阜県羽島市竹鼻町3298番地の1

鳥居と社号標

Monami(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

かんたんご利益

  • 厄除
八剱神社には

「厄除・開運系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

厄除開運

御祭神

日本武尊 やまとたけるのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

劔系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

八剱神社は岐阜県羽島市に鎮座する神社。御祭神は日本武尊の1柱をまつる。
社格は旧郷社。
由緒には、日本武尊が伊吹山の賊を征討した折、この地が通路であったことから、後世にその雄姿を敬って奉斎したことに始まるという伝承が述べられているが、創祀の年紀は不詳とされる。中世末から近世初頭にかけての動きとして、天正9年(1581年)に竹ヶ鼻城に関わる不破氏が、村内の元宮から現在地へ遷祀したと伝えられており、この遷座は社の立地と地域的役割を定めた大きな節目であったといえる。
近世には社殿の整備も進み、現在の本殿は元禄7年(1694年)10月の再建にかかるもので、宮大工大橋忠衛門、葺師奥平金衛門らの手によって造営されたことが伝えられている。この再建によって社殿の体裁が整えられ、以後、地域の信仰の中心としての姿を明確にしていった。
明治期に入ると、明治6年(1873年)に竹鼻周辺の地域の郷社に列し、近代社格制度の中で公的な位置づけがなされた。さらに明治40年(1907年)に神饌幣帛料供進神社に指定され、明治41年(1908年)には神社会計規程適用神社にも指定されるなど、近代以降も制度面での整備が重ねられてきた経緯がうかがえる。
社殿は飛騨匠や武田番匠の系譜を引く建築と伝えられ、彫刻装飾にも特色がある。とくに本殿正面の欄間を飾る「波に兎」の彫刻は、名工左甚五郎の作と伝えられており、精緻で躍動感のある意匠は社殿の大きな見どころとなっている。この本殿は昭和47年(1972年)に羽島市の有形文化財に指定され、その歴史的価値が公的にも評価された。
祭礼は毎年5月3日に斎行され、この例祭は竹鼻祭りとして広く知られている。竹鼻には13輌の山車が伝えられており、そのうち8輌は宝暦年間から天保年間にかけて、すなわち18世紀中頃から19世紀前葉に制作されたものである。祭りでは山車が隔年で半数ずつ交互に曳行され、神前で芸が奉納される。これらの山車は昭和47年(1972年)に羽島市の有形民俗文化財に指定され、翌昭和48年(1973年)には岐阜県の重要有形民俗文化財にも指定されるなど、地域文化を象徴する存在として高く評価されている。
また6月30日には、半年間の罪や穢れを祓い、無病息災を願うみそぎ神事が行われ、現在も地域に根ざした信仰行事として受け継がれている。
  • 郷社
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神社詳細

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E5%89%B1%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E7%BE%BD%E5%B3%B6%E5%B8%82%E7%AB%B9%E9%BC%BB%E7%94%BA)
岐阜県神社庁
https://www.gifu-jinjacho.jp/