下社宝物殿 | 諏訪大社 下社秋宮 - 神社ファン

有名度

大関

諏訪大社 下社秋宮

すわたいしゃ しもしゃあきみや

長野県諏訪郡下諏訪町5828

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下社宝物殿

更新日:2026年10月2日

諏訪大社の御神宝が納められた宝物殿

諏訪大社は古くから朝廷の崇敬を受けるとともに、武将たちからも篤く信仰されてきました。源頼朝や武田信玄をはじめとする武将が諏訪大社を崇敬し、江戸時代には徳川将軍家から社領を安堵する朱印状が与えられるなど、長い歴史の中で数多くの宝物や古文書が伝えられてきました。
上社本宮と下社秋宮には宝物殿があり、諏訪大社に伝わる御神宝の一部を観覧することができます。
下社宝物殿は境内の北側、神楽殿手前から階段を下った場所にあります。入館は有料ですが、上社本宮の宝物殿とあわせて拝観できる共通券も用意されています。
下社に伝わる貴重な御神宝や古文書を実際に見ることができる、秋宮でぜひ立ち寄りたいスポットのひとつです。
階段下の宝物殿

貴重な宝物の品々

下社宝物殿を代表する御神宝が、国の重要文化財に指定されている「売神祝印(めがみほうりのいん)」です。
社伝によると、大同年間(806~810)に平城天皇から下賜されたと伝えられる銅製の宝印です。
「売神」は下社の御祭神である八坂刀売神を表し、「祝」は大祝(おおほうり)を意味すると考えられています。神の意思を伝える神聖な印として扱われ、明治初年まで下社の神印として大切に使用されてきました。
頭役などを定める差定書にも押され、押印する数にも決まりがあったと考えられています。現存する古文書の中には、一枚の文書に同じ売神祝印が7か所も押されているものがあります。
また、売神祝印には一度失われたという伝承があります。諏訪大社に伝わる話では、火災の際の灰とともに、秋宮の大鳥居近くにある神池「千尋池」から発見されたとされています。
売神祝印の高さは3.6センチ、印面は縦5.0センチ、横4.8センチ。印面には「売神祝印」の4文字が配置されています。上部には特徴的な鶏頭型のつまみがあり、中央には約5ミリの孔が開けられています。
売神祝印Pat457(Wikipedia CC0)
印を納める「印筥(いんばこ)」も貴重な文化財です。
銅製鍍金の方形の筥で、縦横約8.5センチ、高さ約10.3センチ。内部は売神祝印を納める部分と朱肉を入れる「肉池」に分かれ、側面には井桁繋ぎの美しい透かし彫りが施されています。印筥は鎌倉時代の作と考えられています。
売神祝印と印筥は昭和9年(1934)1月30日、当時の国宝保存法による国宝に指定されました。現在は文化財保護法における国の重要文化財として大切に守られています。
なお、売神祝印は大同年間に平城天皇から下賜されたという社伝を持つ一方、印の形状や書体などを調査した下諏訪町の文化財資料では、実際の制作年代を院政期と推定しています。伝承と文化財研究から考えられる年代に違いがあるところも、この御神宝の興味深い点です。
下社宝物殿にはこのほか、平安時代の作とされる「双鳳菊花八稜鏡」、源頼朝に関係する「右大将家下文」、徳川将軍家の朱印状、薙鎌など、下社の長い歴史を伝える宝物や古文書が収蔵されています。
武田信玄や松平忠輝の奉納品なども展示されているほか、海上自衛隊の護衛艦「しらね」に納められていた神棚も宝物殿に伝えられています。
古代から中世・近世、さらに現代へと受け継がれてきた下社の信仰を、実際の御神宝から知ることができる場所です。

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