有名度
大関諏訪大社 下社秋宮
すわたいしゃ しもしゃあきみや
長野県諏訪郡下諏訪町5828
さざれ石
更新日:2026年10月2日
古くから知られる「さざれ石」
秋宮の境内では、日本の国歌「君が代」に登場する「さざれ石」を見ることができます。根入の杉の右手側、参集殿の入口近くに置かれている大きな岩で、その堂々とした姿に思わず足を止めて見入る参拝者も少なくありません。秋宮のさざれ石は、愛知県半田市亀崎北浦町のタワラ産業株式会社・細谷信彰氏によって奉納されたものです。
境内の説明によると、さざれ石は平安時代前期に発見されたと伝えられています。
「さざれ」とは、小さな石や細かな石を意味する言葉です。秋宮にあるようなさざれ石は、学術的には「石灰質角礫岩(せっかいしつかくれきがん)」と呼ばれる岩石です。
秋宮の説明では、石灰が雨水に溶解して粘着力の強い乳状液となり、何千年、何万年という長い年月をかけて小粒な石を凝結させ、次第に大きな巌となって苔むしていく石とされています。
地質学的には、小石そのものが生物のように成長するわけではありません。石灰岩などの小さな礫が石灰質の成分によって長い年月をかけて固結し、ひとつの大きな岩体となったものです。
小さな石々が結びつき、大きな巌のような姿となる様子は、「さざれ石の巌となりて」という歌の世界を実際に目の前で感じさせてくれます。

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国歌とさざれ石
「さざれ石」という言葉を、日本の国歌「君が代」で初めて知った方も多いのではないでしょうか。「君が代」の歌詞の原型は、平安時代前期に編纂された日本最初の勅撰和歌集『古今和歌集』に収められています。
巻七「賀歌」に収められた読人知らずの歌です。
わが君は
千代に八千代に
さざれ石の
巌となりて
苔のむすまで
現在の「君が代」とよく似ていますが、もともとの歌では冒頭が「君が代は」ではなく「わが君は」となっています。
この歌は、相手が千年、八千年という果てしなく長い年月を生き、小さなさざれ石が大きな巌となり、その表面を苔が覆うほどの未来まで長寿であるようにと願った賀歌とされています。
その後、この古歌は長い時代を経て歌い継がれ、明治時代には現在につながる「君が代」の歌詞と旋律が成立しました。平成11年(1999)に制定された「国旗及び国歌に関する法律」によって、「君が代」は日本の国歌として法律上明記されています。
秋宮のさざれ石の前にも「君が代」の歌詞が掲げられており、「君が代は、日本国民の永久の幸せを祈る歌である」と紹介されています。
「千代に八千代に」「さざれ石の巌となりて」「苔のむすまで」という言葉には、小さな石が大きな巌となり、さらにその表面を苔が覆うほどの、気の遠くなるような長い時間が表現されています。
平安時代に詠まれた古歌に登場する「さざれ石」という言葉が千年以上の時を経て現在の国歌にも受け継がれ、その名を持つ大きな石を秋宮の境内で実際に見ることができます。秋宮を訪れた際には、さざれ石を構成する大小の石や、その表面に生える苔にも注目しながら、「さざれ石の巌となりて」という歌の世界に思いを巡らせてみてください。

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