石部神社 石川県 - 神社ファン

有名度

前頭上位

石部神社

いそべじんじゃ

石川県小松市古府町カ169

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石川県小松市古府町カ169

鳥居と参道

コヲダ(wikipedia CC 表示-継承 4.0)

拝殿と扁額

kamuhogi

かんたんご利益

御祭神

櫛日方別命 くしひかたわけのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(1柱)」

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

石部神社は石川県小松市に鎮座する神社。御祭神は櫛日方別命の1柱をまつる。
格式は式内社であり、加賀国総社、加賀国一宮、旧郷社。
創祀の年代は明らかでない。弘仁14年(823)に越前国から加賀国が分かれた際、すでに祀られていたとの伝承が残る。一方、『白山之記』は、加賀国の成立時に府南社が創建されたと記している。神社は加賀国府の南に位置したため府南社と呼ばれ、鎮座地は府南山または船南山と称された。加賀国府の所在地は確定していないが、文献や地名から、石部神社が鎮座する古府町周辺が有力な候補地となっている。
平安時代に編纂された『延喜式神名帳』には、能美郡の式内社として石部神社の名が記された。当時、国司は加賀国内の主要8社を巡拝しており、のちに石部神社を加賀国総社として参拝したと伝わる。
寛治5年(1091)、加賀国守の藤原為房が加賀国へ下向した。『為房卿記』には、19日間の滞在中に行われた府南社への参拝や読経、神事、祭りが記録されている。府南社は白山宮や国分寺とともに同書に登場する。
安元2年(1176)、国司側と白山衆徒が争った涌泉寺事件に関係し、石部神社は大きな被害を受けた。応永28年(1421)の足利義持判書には「南禅寺領加賀国府南社御供田」と記され、南禅寺との間で所領を巡る争いがあった。
慶長5年(1600)、小松城主の丹羽長重が社殿を修理し、宝物を納めた。寛永年間には加賀藩3代藩主の前田利常が神宝を奉納し、歴代の加賀藩主も奉幣した。明治5年(1872)8月に郷社へ列格し、明治39年(1906)12月には神饌幣帛料供進神社に指定された。
現在の拝殿は昭和6年(1931)3月に造営され、神殿は昭和37年(1962)3月に改築された。境内には鳥居、社殿、石灯籠、社叢があり、近くを梯川が流れる。例祭は毎年3月17日と9月17日に行われる。
  • 一宮(加賀国)
  • 郷社
  • 式内社(小)
  • 総社(加賀国)
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神社詳細

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E9%83%A8%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E5%B0%8F%E6%9D%BE%E5%B8%82)
石川県神社庁
https://www.ishikawa-jinjacho.or.jp/