火の玉石(重軽の石) | 彌彦神社 - 神社ファン

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彌彦神社

やひこじんじゃ

新潟県西蒲原郡弥彦村大字弥彦2887番地2

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火の玉石(重軽の石)

更新日:2026年7月27日

火の玉石(重軽の石)

火の玉石は、持ち上げた時の重さで吉凶を占う「重軽の石」として知られています。心の中で願い事を唱えながら石を持ち上げ、軽く感じれば願いが叶いやすく、重く感じれば成就は難しいと伝えられています。参拝者が自分の願いと向き合うことができる、弥彦神社の人気の見どころです。
弥彦神社 火の玉石
この石は、津軽に由来する伝承を持つことから「津軽の火の玉石」とも呼ばれています。慶長年間、津軽国弘前藩二代藩主・津軽信枚(つがるのぶひら)侯が帰国の途中、佐渡沖で激しい暴風雨に遭いました。信枚侯は船上から弥彦山に向かって鳥居の奉納を誓い、弥彦大神の加護を祈願しました。すると荒れていた海はたちまち穏やかになり、無事に帰国することができたといいます。
その後、信枚侯は毎年使者を遣わして弥彦神社へ礼参を行っていました。しかし、船上で誓った鳥居の奉納は果たされないまま時が過ぎていきます。やがて弘前城では、毎夜二つの火の玉が大きな声を発しながら城中を飛び回るという怪異が起こるようになりました。調べてみると、天守閣を中心に飛び回っていた火の玉は、大人の頭ほどの大きさの石であることが分かりました。
信枚侯はこの出来事をきっかけに、弥彦神社へ鳥居を奉納する誓いを果たしていなかったことを思い出します。そこで御座船の帆柱を切り倒して弥彦へ運び、鳥居を奉納しました。1617(元和3)年に鳥居が完成した際、弘前城で怪異を起こしていた火の玉石もあわせて奉納されたと伝えられています。
弥彦神社 火の玉石 アップ
現在の火の玉石は、願い事の成就を占う重軽の石として多くの参拝者に親しまれています。ただの占い石ではなく、津軽信枚侯の誓願と鳥居奉納にまつわる伝承を今に伝える石でもあります。持ち上げる際は、その由来にも思いを向けることで、弥彦神社に残る歴史と信仰の深さをより感じられるでしょう。

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