有名度
小結彌彦神社
やひこじんじゃ
新潟県西蒲原郡弥彦村大字弥彦2887番地2
石橋・玉の橋
更新日:2026年7月6日
彦神社の一の鳥居をくぐると、最初に目に入るのが御手洗川に架かる石橋です。その少し上流には、朱色が美しい玉の橋(御神橋)が架かっており、二つの橋は弥彦神社を象徴する景観の一つとなっています。
玉の橋の歴史は非常に古く、和銅4年(711)に勅命によって社殿が造営された際の記録には、境内建造物の一つとして「玉ノ橋」の名が記されています。また、室町時代の境内古絵図にも描かれており、古くから神域を結ぶ重要な橋であったことが分かります。
古くから玉の橋は、人の心を神様へと通わせ、正しい道へ導く象徴と伝えられてきました。明治29年(1896)に改築された橋は、1912(明治45)年の弥彦大火でも焼失を免れ、その後の社殿造替に伴って一時的に弥彦公園へ移設されます。現在の場所にある玉の橋は、1985(昭和60)年の御遷座70年奉祝事業にあわせ、御手洗川へ修理・復元されたものです。
石橋
石橋は橋幅約5.4m、橋長約4.5m、橋板は7枚の石で構成されています。見どころは高い石工技術で、高欄は親柱から架木、斗、地覆石までを一つの石材から彫り出した非常に珍しい造りです。現在の石橋は1916(大正5)年に架けられたもので、1998(平成10)年には国の登録有形文化財に指定されました。一の鳥居と調和した重厚な姿は、参道の入口にふさわしい風格を感じさせます。
玉の橋
石橋の上流に架かる玉の橋は、神様だけが渡る神聖な橋として知られています。一般の参拝者は渡ることができず、現在も神域を象徴する存在として大切に守られています。もともとは拝殿前に架けられていましたが、1912(明治45)年の火災後、現在の場所へ移築されました。
古くから玉の橋は、人の心を神様へと通わせ、正しい道へ導く象徴と伝えられてきました。明治29年(1896)に改築された橋は、1912(明治45)年の弥彦大火でも焼失を免れ、その後の社殿造替に伴って一時的に弥彦公園へ移設されます。現在の場所にある玉の橋は、1985(昭和60)年の御遷座70年奉祝事業にあわせ、御手洗川へ修理・復元されたものです。

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