縁結び・子宝のパワースポット政子石 | 鶴岡八幡宮 - 神社ファン

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鶴岡八幡宮

つるがおかはちまんぐう

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縁結び・子宝のパワースポット政子石

更新日:2026年9月23日

政子石

政子石は、鶴岡八幡宮の源氏池に浮かぶ島、旗上弁財天社の社殿裏にある2つの石です。「姫石」とも呼ばれ、夫婦円満や安産、子宝、縁結びのパワースポットとして知られています。
政子石への案内
源頼朝が妻・北条政子の安産を祈願したと伝えられる石で、鎌倉幕府を築いた頼朝と政子の夫婦にまつわる見どころの一つです。
現在も夫婦円満の祈願石として大切にされ、特に良縁や子宝を願う人から信仰を集めています。

頼朝と政子の安産祈願

政子石に伝わる安産祈願は、頼朝と政子にとって重要な出来事だった1182年(寿永元年)の政子の懐妊を背景に語られています。
この年、政子は後に鎌倉幕府2代将軍となる源頼家を懐妊しました。『吾妻鏡』には、3月9日に政子の着帯の儀が行われ、頼朝自身が帯を結んだことが記されています。
さらに3月15日、頼朝は政子の安産を祈願して鶴岡八幡宮へ続く若宮大路の造営を始めました。現在も残る段葛も、この安産祈願に由来する参道として知られています。
鶴岡八幡宮 源頼朝
政子石も、こうした頼朝による政子の安産祈願にまつわる石として伝えられてきました。頼朝と政子の間には、大姫、頼家、三幡、実朝が生まれています。なかでも1182年に誕生した頼家は頼朝の後継者となり、後に鎌倉幕府2代将軍となりました。
政子石が安産や子宝だけでなく、夫婦円満の祈願石として信仰されている背景には、こうした頼朝と政子の歴史があります。
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政子石の場所

政子石は少し分かりにくい場所にあります。
三ノ鳥居をくぐったら、本宮へ向かって右手に広がる源氏池へ進みます。池に浮かぶ島へ橋を渡ると、朱塗りの旗上弁財天社が鎮座しています。
政子石があるのは、この旗上弁財天社の社殿裏です。
本宮や舞殿の近くにあると思って探すと見つからないため、旗上弁財天社を目印にすると分かりやすいでしょう。
また、政子石だけを見るのではなく、源氏池と旗上弁財天社もあわせて巡るのがおすすめです。源氏池は頼朝の命によって造られ、旗上弁財天社は頼朝の旗揚げにちなむ社です。頼朝ゆかりの場所を巡った最後に、その妻・政子にまつわる2つの石を見ることができます。
政子石

夫婦円満・子宝・縁結び

政子石は、夫婦円満の祈願石として伝えられています。鶴岡八幡宮では「姫石」とも呼ばれています。
頼朝が政子の安産を願ったという伝承から、安産や子宝を願う石としても信仰され、現在では良縁や縁結びを願って訪れる人もいます。
「政子石」という名称だけを聞くと史跡のようにも思えますが、現在も願いを込めて参拝されている祈願石です。
なお、石に触れることについては時期によって現地の状況や案内が変わっているため、柵を越えたりせず、その時の案内に従って参拝してください。
政子石 横から

政子石のお守り

政子石にちなむ授与品もあります。
政子石のお守りには、旗上弁財天社が鎮座する源氏池のほとりに咲く桜があしらわれています。願いも桜の花のように美しく咲くようにとの思いが込められたお守りです。
政子石を参拝したあとに旗上弁財天社へ戻れば、源氏池や朱塗りの社殿、源氏を象徴する白旗も一緒に見ることができます。
政子石守り
源頼朝が北条政子の安産を願ったと伝わる政子石と、政子の安産祈願をきっかけに造営された若宮大路・段葛。鶴岡八幡宮には、武家の棟梁としての頼朝だけでなく、妻と生まれてくる子の無事を願った頼朝の姿を伝える場所も残されています。

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