手水舎・石燈籠 | 富岡八幡宮 - 神社ファン

有名度

関脇

富岡八幡宮

とみおかはちまんぐう

東京都江東区富岡1-20-3

手水舎・石燈籠

更新日:2025年9月25日

手水舎

手水舎は正面参道の左手、手水所は御本殿西側の鳥居近くにあります。
手水舎
正面参道の手水社は、2017(平成29)年に改修工事が行われました。手水鉢の左右には黄金の鳳凰が建っており、センサーで水が出るようになっています。もとの手水鉢は1827(享和3)年に奉納されたもので、石の水盤を銅で包んだ銅造水盤です。江東区の指定有形文化財である旧水盤は、改修工事に伴い資料館に移されました。
手水舎の鳳凰
西側の鳥居近くの手水所は、四国・霊峰石鎚山を源とする加茂川から運ばれた「伊予の青石」と称される名石です。また水除け石には伊豆長岡の六万石が、犬走りには常陸の丹波石が使われています。1964(昭和39)年、アラビア石油の創始者である山下太郎氏により奉納されました。
伊予の青石

石燈籠

手水舎の正面には石燈籠があります。江戸時代、関東郡代を世襲した伊奈家十代当主・伊奈忠宥(いなただおき)が寄進した燈籠です。神輿庫の向かい側、正面参道の右手に建っています。
石燈籠
伊奈氏は信州伊奈郡の出身で、徳川家康の父・松平広忠の時代から仕えた三河譜代の家系です。江戸時代、関東郡代として幕府直轄領を管理し、伊奈氏は勘定奉行の職も兼ね、老中の支配下で関東の検地や新田開発、河川改修、街道整備などを行いました。初代・忠次は小田原征伐や朝鮮出兵の兵糧輸送も担当。三代・忠治から正式に関東郡代となり、十二代・忠尊まで続きました。忠宥は十代目で、明和元年(1764年)の中山道伝馬騒動の鎮圧に功績を残しています。

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