神門・手水舎・敷石 | 東郷神社 - 神社ファン

有名度

関脇

東郷神社

とうごうじんじゃ

東京都渋谷区神宮前1-5-3

神門・手水舎・敷石

更新日:2025年9月11日

神門

東郷神社の神門は、神池を渡った先に位置し、社殿の玄関前に立つ荘厳な門です。現在の神門は、昭和15年(1940年)の東郷神社創建当初に建てられたもので、戦前からの歴史を伝える貴重な建造物として大切に保存されています。
神門
神門の扉には、東郷家の家紋「蔦の葉」と天皇・皇室を示す「菊の御紋」が組み合わされた立派なレリーフがあしらわれており、威厳と格式を感じさせます。
神門の扉にあるレリーフ

手水舎

神門の手前では手水舎があり、参拝者はここで身を清めることができます。特に手水鉢の吐水口はひょうたん型という珍しいデザインで、神門の特徴のひとつとなっています。
手水舎

海軍経理学校正門敷石

手水舎の前には、明治時代に設けられた海軍経理学校・正門の敷石が敷かれ、敷設の経緯が刻まれた碑が建っています。海軍経理学校は1874(明治7)年、現・港区芝公園(芝山内天神谷)に海軍會計學舎として設立されました。幾度が名を変え、所在地も築地・松平樂翁公邸の浴恩園跡や隅田河畔(現・勝鬨橋右岸)などに移動を繰り返し、第二次世界大戦後の1945(昭和20)年9月、閉校となりました。1万を超える出身者を迎え入れた正門の敷石が東郷神社に移設されたのは、1980(昭和55)年のことです。

敷石には下記内容が書かれています。

御水舎の前の敷石は 海軍經理學校正門の敷石として使用されたものであります
海軍經理學校の沿革
 明治七年十月、芝山内天神谷に設けられた海軍會計學舎は幾度かその名稱を変え明治四十年に海軍經理學校となった。  
この間校舎も数度位置を変えて、明治二十一年に築地の松平樂翁公邸の浴恩園跡に移り、更に昭和七年同じ築地の隅田河畔(現在の勝鬨橋右岸)に移築された。  
昭和二十年九月、七十一年間の歴史を閉じるまでの同校出身者は一萬名を超え海軍主計科の基幹要員として海軍戦力の一翼を担い輝かしい功績を挙げた。その間諸戦役事変に際會して國に殉じた者も数多く、又軍務を離れても各界各方面で活躍し我が國の興隆發展に多大の貢献そしている。
 昭和五十五年五月  
  浴恩會(海軍經理學校同窓會)
海軍経理学校正門敷石

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