浅草神社 東京都 - 神社ファン

有名度

前頭上位

浅草神社

あさくさじんじゃ

東京都台東区浅草2-3-1

東京都台東区浅草2-3-1

拝殿

Kakidai(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

浅草神社以外にも 三社権現 とも呼ばれます。


かんたんご利益

御祭神

土師真仲知命 はじのまなかちのみこと
桧前浜成命 ひのくまのはまなりのみこと
桧前武成命 ひのくまのたけなりのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(3柱)」

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

浅草神社は東京都台東区に鎮座する神社。御祭神は土師真仲知命、桧前浜成命、桧前武成命の3柱をまつる。
社格は旧郷社。
浅草神社の起源は飛鳥時代に遡ると伝えられており、推古天皇36年(628年)3月18日、隅田川(当時の宮戸川)で漁をしていた檜前兄弟(浜成・竹成)が、魚ではなく人の形をした尊いお像を網にかけ、それを引き上げたという伝承がある。その像こそが聖観世音菩薩であったとされ、兄弟はその尊像を篤く敬い、これを土師真中知に示した。土師真中知は、自らの私邸を寺と改め、観音像を奉安したという言い伝えが、浅草寺の創建の始まりとされている。その後、土師真中知の没後、子孫や信徒によって、この三柱を郷土の祖神・守護神として祀る気運が高まり、浅草寺の傍らに三社権現社(三社大明神)として建立されたと伝えられる。江戸時代には、浅草神社と浅草寺は密接に結びついており、祭礼(観音祭・浅草祭)は神仏習合の形式で行われ、神社の神前に寺僧が読経をし、浅草寺の行事と一体で進行した。
現在の社殿は、慶安2年(1649年)に徳川家光が寄進して建立されたものである。この社殿は、関東大震災や火災、戦災を受けながらも被災を逃れることが多く、江戸初期の権現造の形式をよく残している。第二次世界大戦の東京空襲においても焼失を免れ、戦後も修復保存がなされてきた。平成8年(1996年)には社殿の修理が実施され、色彩や装飾が刷新されて往時の姿を取り戻したという。社殿は国の重要文化財に指定されている。
浅草神社といえば、三社祭である。この祭りでは浅草氏子44ヶ町をはじめ、町内神輿約100基が渡御し、さらには本社神輿の連合渡御や宮出し・宮入りなど壮麗な行列が連なる。また、祭礼では「びんざさら舞」など伝統芸能が披露され、その起源は中世まで遡るとも言われている。三社祭は、地域の人々にとって一年のハイライトであり、東京都指定無形民俗文化財にも指定されている。
  • 郷社
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出典
公式サイト
http://www.asakusajinja.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%85%E8%8D%89%E7%A5%9E%E7%A4%BE
東京都神社庁
http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/