有名度
大関神田明神
かんだみょうじん
東京都千代田区外神田2-16-2
境内末社めぐり 江戸神社・大伝馬町八雲神社・小船町八雲神社・水神社
更新日:2026年7月21日
本殿西側に鎮座する4つの末社
神田明神には九つの摂末社が鎮座しており、それぞれが異なる御祭神と由緒を受け継いでいます。本ページでは、本殿西側に鎮座する江戸神社、大伝馬町八雲神社、小舟町八雲神社、魚河岸水神社をご紹介します。江戸の町とともに歩んできた歴史や町人文化を今に伝える、見逃せない末社ばかりです。
江戸神社
御神殿の西側に鎮座する江戸神社は、702年(大宝2年)、現在の皇居内にあたる場所へ江戸の地主神として創建されたと伝えられています。関東でも最も古い地主神の一つとされ、「江戸の守り神」として古くから崇敬されてきました。その後、神田明神の遷座に伴い、1603年(慶長8年)に神田駿河台、1616年(元和2年)には現在の神田明神境内へ遷座しています。御祭神は建速須佐之男命。災厄を祓う神として知られ、厄除けや商売繁盛などのご神徳で信仰されています。太田道灌や江戸重長をはじめ、関東の武将たちからも厚く崇敬されました。

現在の社殿は石鳥居とガラスを取り入れた現代的な造りが特徴です。1989年(平成元年)には神田市場の移転に伴って市場内の江戸神社の御神霊を仮遷座し、神輿庫の改修とあわせて現在の社殿が整備されました。
例祭は毎年5月14日。2年に一度の神田祭では、江戸神社の千貫神輿が勇壮に宮入し、江戸以来受け継がれてきた祭礼文化を今に伝えています。
毎年5月14日には例祭が斎行され、2年に一度開催される神田祭では、江戸神社の誇る重厚な「千貫神輿」が威風堂々と宮入を果たします。神田の地とともに歩んできた江戸神社は、今も変わらず、地域と人々を見守り続けています。

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大伝馬町八雲神社
御神殿のすぐ隣に鎮座する大伝馬町八雲神社は、創建年代は定かではありませんが、江戸時代以前から地域の人々の信仰を集めてきた由緒ある神社です。神田明神の「三天王」のうち、江戸神社が一の宮、本社が二の宮、小舟町八雲神社が三の宮とされ、その一角を担っています。
社殿前には、高さ約1.5メートルの黒鉄製天水桶が据えられています。1839年(天保10年)、江戸・深川の鋳物師・太田近江掾藤原正次によって鋳造され、江戸の太物問屋仲間によって奉納されたものです。町名や問屋仲間の名が刻まれたこの天水桶は、江戸の商業文化を伝える貴重な資料として、2004年(平成16年)に千代田区指定有形民俗文化財に指定されています。

小舟町八雲神社
大伝馬町八雲神社の左隣に鎮座するのが小舟町八雲神社です。御祭神は建速須佐之男命で、厄除けや縁結び、家内安全の神として古くから信仰されています。神田明神の三天王では三の宮にあたり、例祭は毎年6月6日に執り行われます。創建年代は不詳ですが、江戸時代以前にはすでに祀られていたとされ、現在の社殿は1603年(慶長8年)に再建、さらに1945年(昭和20年)に改修されました。


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魚河岸水神社
小舟町八雲神社と文化交流館の間に鎮座するのが魚河岸水神社です。御祭神は水の神・弥都波能売命で、古くから海上安全や大漁、安全な水運を願う人々の信仰を集めてきました。日本橋魚市場の守護神としても知られ、現在では市場関係者をはじめ、多くの人々が商売繁盛や地域の繁栄を祈願しています。創建時期は明らかではありませんが、もとは大手町・日本橋付近に祀られていたと伝えられ、1615年に神田明神境内へ遷座して「水神社」となりました。1891年(明治24年)には「魚河岸水神社」と改称され、日本橋魚市場の守護神として広く崇敬されるようになります。その後、1901年(明治34年)に現在の境内へ遷座されました。
築地魚市場内には遥拝所も設けられ、魚市場に携わる人々の信仰を支えてきました。例祭は毎年6月6日に斎行され、4年に一度は「天王祭」が盛大に執り行われます。江戸から続く市場文化と水の信仰を今に伝える、神田明神を代表する末社の一つです。

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