境内末社めぐり2 | 神田明神 - 神社ファン

有名度

大関

神田明神

かんだみょうじん

東京都千代田区外神田2-16-2

境内末社めぐり2

更新日:2025年7月29日

9つの末社

神田明神には、多くの神々を祀る9つの摂末社があります。多くの神々をお祀りする9つの末社があり、都内でも希少な7基の石鳥居が並ぶ格式ある神社です。
本ページでは、本殿西側に鎮座する摂末社―江戸神社、大伝馬町八雲神社、小船町八雲神社、水神社―それぞれの魅力をご紹介します。
境内末社めぐり看板

江戸神社

神田神社に向かって御神殿西側に鎮座しているのが摂社・江戸神社です。その創建は古く、702年(大宝2年)、現在の皇居内にあたる場所に、江戸の地主神として祀られたのが始まりとされます。関東で最も古い地主神とも伝えられ、まさに「江戸の守り神」としての風格を漂わせる神社です。その後、神田明神の遷座にともない、江戸神社も移転を重ねます。1603年(慶長8年)には神田駿河台へ、さらに1616年(元和2年)には現在の神田明神境内地に遷座し、今日に至ります。
江戸神社 鳥居と社殿
御祭神は建速須佐之男命(たけはやすさのをのみこと)。災厄を祓う神として知られ、特に災難除けや厄除、商売繁盛にご利益があるとされています。古くは江戸庶民のみならず、太田道灌や江戸重長などの関東の武将たちからも篤く信仰されました。
神社の呼称も時代とともに変遷しました。中世には「江戸大明神」「江戸天王」「牛頭天王(ごずてんのう)」と呼ばれ、江戸時代には南伝馬町の氏子を中心に「南伝馬町持天王」「天王一の宮」などと親しまれました。明治元年には「須賀神社」と改称されましたが、1885年(明治18年)に「江戸神社」と改められ、現在の社号に定着しました。
現在の社殿は、石の鳥居とガラス張りの現代的な造りが印象的です。1989年(平成元年)には、今上陛下のご即位を記念して、神田市場移転に伴い市場内にあった江戸神社の神霊を仮遷座。翌12月には神輿庫の改修とともに、千貫神輿を納める社殿が整備され、正式に現在地へ鎮座しました。
毎年5月14日には例祭が斎行され、2年に一度開催される神田祭では、江戸神社の誇る重厚な「千貫神輿」が威風堂々と宮入を果たします。神田の地とともに歩んできた江戸神社は、今も変わらず、地域と人々を見守り続けています。
江戸神社 ガラス張りの 社殿の中の神輿

大伝馬町八雲神社

神田明神の御神殿のすぐ隣、石造の鳥居がひときわ目を引くのが「大伝馬町八雲神社」です。創建年代は定かではないものの、江戸時代以前から人々の信仰を集めてきた由緒ある社です。神田明神の境内に祀られる「三天王」のうち、江戸神社が一の宮、本社が二の宮、隣接する小舟町八雲神社が三の宮とされ、地域の守護神として深く根付いてきました。ご利益は厄除け、縁結び、家内安全など多彩なご利益をもたらすことで知られ、毎年6月5日に行われる例祭では、地域住民の崇敬の念と伝統が今もなお息づいています。
大伝馬町八雲神社 鳥居と社殿
この神社の象徴のひとつが、社殿前にある「天水桶(てんすいおけ)」です。高さ約1.5メートルの黒鉄製の水瓶には、渦巻く巴紋が連続して描かれ、江戸・深川の鋳物師、大田近江掾藤原正次によって、1839年(天保10年)6月に鋳造されたものです。この天水桶は、江戸の繊維流通を担った太物問屋仲間によって奉納されました。当初は大伝馬町が神社の維持を担っていましたが、後に太物問屋が支援を引き継ぎ、その証として桶には町名と問屋仲間の名が刻まれています。
この歴史的価値ある天水桶は、2004年(平成16年)4月に千代田区指定有形民俗文化財に認定され、今も変わらぬ存在感を放ち続けています。大伝馬町八雲神社は、地域の心と記憶を今に伝える、まさに江戸の面影を宿す神社です。
大伝馬町八雲神社 黒い鉄製の天水桶と社殿

小舟町八雲神社

小舟町八雲神社は、大伝馬町八雲神社の左隣に鎮座する由緒ある神社です。御祭神は、荒ぶる神として知られる建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)。強力な厄除けの神として崇敬され、縁結びや家内安全など、さまざまなご利益を授けてくれる神社としても親しまれています。神田明神にゆかりある三天王のうち、三の宮とされるのがこの小舟町八雲神社です。例祭は毎年6月6日に斎行され、地域の人々によって古くから大切に守り伝えられています。
創建年代は定かではないものの、江戸時代以前にはすでに祀られていたとされ、現社殿は1603年(慶長8年)に再建。さらに1945年(昭和20年)には改装が施され、現在に至ります。
小舟町八雲神社 鳥居と社殿
神社の見どころのひとつが、社殿前に据えられた黒漆の天水桶(てんすいおけ)です。地上高およそ1.4メートルのこの水瓶は、江戸時代の文化8年(1811年)、江戸の魚問屋仲間・遠州屋新兵衛ほか10名によって奉納されたもの。鋳造を手がけたのは、江戸深川上大島町の名工・太田近江大掾藤原正次で、その技巧が随所に感じられる逸品です。
この天水桶は、江戸の商人文化と信仰の融合を今に伝える貴重な遺産として、2005年(平成17年)4月に千代田区指定有形民俗文化財に登録されています。
小舟町八雲神社の水桶

魚河岸水神社

神田明神の末社として、小舟町八雲神社と文化交流館の間に鎮座しています。
ご祭神は水の神である弥都波能売命(みつはのめのみこと)。かつては徳川家の武運長久と大漁安全を祈願し、市場の守護神として神田明神境内に祀られていました。現在では、勝運と魚市場の守護神として多くの崇敬を集めています。例祭は毎年6月6日に斎行され、4年に一度は盛大に「天王祭」が開催され、地域や関係者の信仰を今に伝えています。
創建の正確な時期は不明ですが、もとは大手町・日本橋にあったと伝えられ、1615年に神田明神境内に移されて「水神社」と改称。その後、1891年に「魚河岸水神社」と改名され、日本橋魚市場の守護神として崇敬されました。
また、築地魚市場内にも遥拝所が設けられており、関係者の信仰の拠り所となっています。明治34年(1901年)9月には再び神田明神境内に遷座され、末社として現在に至っています。
魚河岸水神社 鳥居と社殿

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