有名度
大関神田明神
かんだみょうじん
東京都千代田区外神田2-16-2
境内末社めぐり 籠祖神社・末廣稲荷神社・三宿稲荷神社・金刀比羅神社・浦安稲荷神社
更新日:2026年7月21日
本殿北側に鎮座する5つの末社
神田明神には九つの摂末社が鎮座しており、それぞれ異なる御祭神や由緒を受け継いでいます。本殿北側には、合祀殿(旧・籠祖神社)、末廣稲荷神社、三宿稲荷神社、金刀比羅神社、浦安稲荷神社が並び、江戸の町人文化や地域信仰を今に伝えています。また、この一帯には都内でも珍しい七基の石鳥居が並び、神田明神ならではの景観をつくり出しています。
合祀殿(旧・籠祖神社)
合祀殿は、2012年(平成24年)に旧・籠祖(かごそ)神社の跡地へ建立されました。籠祖神社は、その名のとおり籠職人たちによって創建された神社で、猿田彦神・塩土老翁神・天孫瓊瓊杵尊をお祀りし、五穀豊穣や商売繁盛の神として崇敬されてきました。例祭は毎年11月5日に執り行われます。現在の合祀殿には、旧・籠祖神社の御祭神に加え、かつて境内各所に鎮座していた八幡神社、富士神社、天神社、大鳥神社、天祖神社、諏訪神社など七社の神々もあわせてお祀りされています。境内に受け継がれてきた多様な信仰を今に伝える重要な社殿です。

スポンサーリンク
末廣稲荷神社
末廣稲荷神社は、1616年(元和2年)頃の創建と伝えられる神社です。現在の社殿は1966年(昭和41年)に東京鰹節類卸商組合の有志によって再建されました。御祭神は宇迦之御魂神で、五穀豊穣や商売繁盛、家業繁栄の神として古くから「お稲荷さん」の名で親しまれています。例祭は毎年3月上旬の「牛の日」に執り行われ、多くの崇敬を集めています。

三宿稲荷神社・金刀比羅神社
末廣稲荷神社の左隣には、三宿稲荷神社と金刀比羅神社が一つの社殿に並んで鎮座しています。三宿稲荷神社は、宇迦之御魂神をお祀りし、五穀豊穣や商売繁盛、町内安全、家内安全のご神徳で知られています。創建年代は不詳ですが、江戸時代には神田三河町二丁目の鎮守として崇敬され、その後、神田明神第12代神主・芝崎美作守の邸内にあった内山稲荷を合祀しました。現在の社殿は1966年(昭和41年)に金刀比羅神社とともに再建・遷座されたものです。
金刀比羅神社は、1783年(天明3年)に現在の中央区東日本橋付近で創建され、大物主命・金山彦命・天御中主命の三柱をお祀りしています。当初は隅田川を往来する船人たちの守護神として信仰され、その後は商人や飲食業者からも商売繁盛の神として崇敬されてきました。

スポンサーリンク
鳳輦神輿奉安殿
三三宿稲荷神社・金刀比羅神社と浦安稲荷神社の間に建つのが鳳輦神輿奉安殿です。ここには、神田祭で使用される神田・日本橋・神保町の三基の神輿と、神様がお乗りになる鳳輦が大切に保管されています。通常は非公開ですが、神田祭や特別公開の際には一般公開され、豪華な神輿を間近で見ることができます。また、神田祭の初日には、だいこく様・えびす様・まさかど様の御神霊を鳳輦や神輿へお遷しする「鳳輦神輿遷座祭」が執り行われるなど、神田祭を支える神聖な場所となっています。

浦安稲荷神社
御神殿の北西側に鎮座する浦安稲荷神社は、宇迦之御魂神をお祀りし、五穀豊穣や商売繁盛、町内安全のご神徳で知られています。例祭は毎年3月上旬の「牛の日」に執り行われます。創建は江戸時代初期と伝えられ、平川河口付近に暮らしていた漁民たちが海上安全と豊漁を願って創建したことに始まります。その後、地域の鎮守として崇敬を集め、1843年(天保14年)に現在の地へ遷座しました。
「浦安」の社名には、「浦、安かれ」と平穏無事を願う思いが込められていると伝えられています。現在も江戸初期から受け継がれてきた地域信仰を今に伝える末社として、多くの参拝者が静かに手を合わせています。

この記事を0人の方がいいねといっています
スポンサーリンク
神田明神の人気記事
-
御神馬 あかりちゃんこの記事を6人が評価
-
神田明神「IT情報安全守護」この記事を2人が評価
-
英気みなぎる正面狛犬この記事を2人が評価
