慰霊碑 | 安房神社 - 神社ファン

有名度

関脇

安房神社

あわじんじゃ

千葉県館山市大神宮589番地

慰霊碑

更新日:2025年11月7日

館山海軍砲術学校第三期兵術予備学生戦没者慰霊碑

安房神社の「館山海軍砲術学校第三期兵科予備学生戦没者慰霊碑(たてやまかいぐんほうじゅつがっこう だいさんき へいかよびがくせい せんぼつしゃいれいひ)」は、太平洋戦争中に館山市神戸地区にあった館山海軍砲術学校で学び、戦地で命を落とした予備士官候補生229名を慰霊するために建てられた碑です。
館山海軍砲術学校は昭和16年(1941年)に創設され、大学や高等専門学校を卒業した若者たちが全国から集い、砲術・防空・化学兵器・戦術などの教育を受けました。第三期兵科予備学生は昭和18年(1943年)10月に入校し、翌年には実戦教育を経て各地の戦線に派遣され、多くが戦没しました。
この慰霊碑は、昭和45年(1970年)に建立され、その後平成12年(2000年)に再建されています。碑には戦没者229名の名が刻まれ、「同期戦没者二二九名に捧ぐ」という言葉が添えられています。また、建立時には犠牲者の人数にちなんで、境内にはソメイヨシノが229本植えられました。春になると桜が満開となり、訪れる人々に平和の尊さを静かに伝えています。
館山海軍砲術学校第三期兵術予備学生戦没者慰霊碑
碑は安房神社の参道沿いにあり、参拝者が誰でも手を合わせることができる場所にあります。毎年、関係者や遺族によって慰霊祭が行われ、若き日の志と犠牲を偲ぶ祈りが捧げられています。安房神社を訪れた際には、社殿の厳かな空気とともに、この慰霊碑の前で立ち止まり、平和への祈りを心に刻むひとときを過ごすとよいでしょう。

海軍落下傘部隊慰霊碑

安房神社の「海軍落下傘部隊慰霊碑(かいぐんらっかさんぶたいいれいひ)」は、日本海軍初の落下傘部隊として編成された隊員たちの戦没を悼み、昭和48年(1973年)に建立された記念碑です。碑文の揮毫は、当時の内閣総理大臣・田中角栄氏によるものです。
海軍落下傘部隊は、昭和16年(1941年)9月下旬に館山市神戸地区の館山海軍航空基地で編成され、全国から選抜された約1,500名が降下訓練を受けました。日本軍初の空挺部隊として約2か月の訓練を経たのち、昭和17年(1942年)1月にはセレベス島メナド、2月にはティモール島クーパンへ降下し、南方戦線で実戦を経験しました。これらの作戦では多くの戦死者を出し、部隊史に深い爪痕を残しました。
戦後、かつての戦友たちが亡き仲間の霊を慰めるため、安房神社境内にこの慰霊碑を建立しました。碑には横須賀鎮守府第一・第三特別陸戦隊など、関係部隊の戦没者約90名以上の名が刻まれています。安房神社が建立地として選ばれたのは、館山が日本海軍落下傘部隊発祥の地であるためであり、この地が隊員たちの原点であったことを示しています。
海軍落下傘部隊慰霊碑
毎年5月には「海軍落下傘部隊慰霊祭」が斎行され、元隊員や遺族、地域住民が参列して玉串奉奠・黙祷を捧げます。碑前には供花が絶えず、春には周囲の緑に包まれた静寂の中で英霊の冥福が祈られています。
安房神社の海軍落下傘部隊慰霊碑は、館山が日本初の落下傘部隊誕生の地であったこと、そして若くして散華した兵士たちの記憶を今に伝える貴重な史跡です。参拝の際には、社殿参道の一角に立つこの碑にも目を向け、平和への誓いを新たにすることができます。

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