有名度
関脇秩父神社
ちちぶじんじゃ
埼玉県秩父市番場町1-3
境内社 東照宮・天満天神社・禍津日社・柞祖霊社
更新日:2026年3月5日
東照宮
神門をくぐってすぐ東(右)側に鎮座しているのが、境内社の東照宮です。御祭神は徳川家康公で、東照大権現の神号を持つ神として祀られています。家康公は江戸幕府を開いた人物として広く知られ、没後に神号を贈られました。以後、全国各地に東照宮が創建され、武運長久、国家安泰、家内安全、子孫繁栄などを祈る信仰が広がりました。秩父神社の東照宮も、その流れの中で勧請されたものです。
秩父神社は室町以前にさかのぼる古社ですが、江戸時代に入り徳川幕府の保護を受けました。その歴史的背景のもと、東照大権現を祀る社が境内に建立されたと考えられています。
また、秩父神社の社殿は江戸初期に再建されたもので、徳川家との関係の深さを物語ります。本殿の彫刻は精緻で華やかであり、近世の社寺建築文化の影響を色濃く伝えています。東照宮の鎮座は、秩父神社が江戸幕府の信仰圏の中に位置づけられていたことを示す一例といえるでしょう。

天満天神社
東照宮の左に鎮座しているのが、境内社の天満天神社です。学問の神様として知られる菅原道真公をお祀りしています。例祭は毎年1月第3日曜日に斎行されます。菅原道真公は平安時代の学者・政治家で、没後に天神として神格化されました。以来、学問成就や合格祈願、知恵授けの神として全国各地に天満宮・天神社が建立され、厚い崇敬を集めています。秩父神社の天満天神社も、その天神信仰の流れを受けて境内に勧請された社です。
規模は大きくありませんが、地域の子どもたちや受験生の祈りを支える大切な存在となっています。学業成就はもちろん、芸事上達や心願成就など、知徳に関わるさまざまな祈願が寄せられる境内社です。

禍津日社
天満天神社の左隣に鎮座しているのが、境内社の禍津日社です。御祭神は禍津日神(まがつひのかみ)で、災禍を正し、穢れを祓う神として祀られています。禍津日神は日本神話に登場する神で、『古事記』『日本書紀』では、伊弉諾尊が黄泉の国から戻った後に禊祓を行った際に生まれた神の一柱とされています。「禍(まが)」は災いを意味し、その名の通り災厄や穢れに関わる神格です。しかし、単に災いをもたらす存在ではなく、それを鎮め、祓い清める働きを持つ神として理解されてきました。
禊祓神話は、日本古来の信仰において「穢れ」と「祓い」が重要な観念であったことを示しています。禍津日社はその神格を境内に祀ることで、災厄除けや厄除け、無病息災を祈る場となっています。規模は大きくありませんが、秩父神社の信仰の中で「祓い」の役割を担う大切な境内社です。

柞祖霊社
柞祖霊社は、秩父神社の他の境内社とは異なり、道路を渡った場所、秩父まつり会館の隣に鎮座する祖霊社です。本社は、秩父神社で神葬祭をもって奉斎された各家の祖霊の御分霊をあわせ祀り、末永く鎮め奉るために創建されました。神道における祖霊信仰に基づき、亡き人々の御魂を慰め、鎮魂を行う場となっています。
社殿は、長野県安曇野市に鎮座する穂高神社の式年造替に伴う旧神殿遺構の用材を譲り受け、改修のうえ建立されたものです。社名は、秩父神社の社叢に古くから伝わる「柞の杜」にちなみます。
創建は平成17年に帰幽した千嶋文曹翁命の奉納基金をはじめ、多くの篤志による浄財によって成し遂げられました。祖先を敬い、その御霊を長く祀り続けるという神道の精神を今に伝える社です。

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