日本神社 - 神社ファン

有名度

十両

日本神社

にほんじんじゃ

埼玉県本庄市児玉町小平1578

埼玉県本庄市児玉町小平1578

かんたんご利益

  • 厄除
  • 勝負
日本神社には

「厄除・開運系」「勝負系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

武運 国土守護 災難除け

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(1柱)」

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

日本神社は埼玉県本庄市に鎮座する神社。御祭神は神武天皇の1柱をまつる。
当社は西小平の中央にそびえる小高い丘の頂に鎮座する。社伝によれば、延暦十年(791年)、坂上田村麻呂が蝦夷平定の途上に当地へ立ち寄り、神武天皇を祀って戦勝を祈願したことが始まりとされる。平定後に社殿を創建し、当初は「神武神社」と称していたという。『新編武蔵風土記稿』小平村の項には当社の名は見えないが、鎮座地は古くから「神山」と呼ばれており、信仰の場として崇められてきたことは確かである。明治五年、東小平の石神神社が村社に列した際、当社は無格社にとどまった。しかし「西小平にも大きな社を」という住民の強い願いから、明治七年に西小平各地に祀られていた稲荷神社・桜木神社・黒石神社・駒形神社・石神社・山神社の六社を、王政復古の時流に合わせ神武天皇を祀る当社へ合祀した。以後、人々は当社を「合社様」と称し、社地の丘も「合社山」と呼ばれるようになった。その後、明治十四年に社名を「日本神社」と改めた。大正二年、村内諸社を石神神社へ合祀する計画が立てられたが、当社はこれを拒み、従来どおりの祭祀を継続することを決定した。この事実は大正五年建立の社殿建設記念碑に「村社石神神社へ諸神合祀の際、小平一同協議の上、本社は旧来の通り祭祀を行う」と刻まれており、地域の誇りとして独自の存在を保ち続けてきたことがわかる。近年では社名「日本神社」にちなみ、サッカー日本代表やオリンピック選手などによる必勝祈願が行われ、多くのスポーツ関係者の参拝を集める神社として注目を浴びている。
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神社詳細

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出典
埼玉県神社庁
https://www.saitama-jinjacho.or.jp/