初代横綱力士明石志賀之助 | 蒲生神社 - 神社ファン

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蒲生神社

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栃木県宇都宮市塙田5丁目1-19

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初代横綱力士明石志賀之助

更新日:2026年8月17日

日下開山・初代横綱力士 明石志賀之助石像

「学問の神 御柱」の右手には、初代横綱・明石志賀之助を顕彰する石像や碑、手形が並んでいます。学問の神様として知られる蒲生神社ですが、境内には相撲にまつわる見どころも多く、その中心となっているのが明石志賀之助です。
明石志賀之助は宇都宮藩士の子とされ、江戸時代前期に活躍したと伝えられる力士です。1624年(寛永元年)に「日下開山(ひのしたかいざん)」の称号を得たとされ、現在、日本相撲協会が歴代横綱の初代に位置付けています。また、相撲の基本的な技として知られる「四十八手」を考案したとも伝えられています。
日下開山初代横綱力士明石志賀之助石像
境内にある明石志賀之助の碑は、1900年(明治33年)、第12代横綱・陣幕久五郎によって建立されました。当初は宇都宮城跡にありましたが、太平洋戦争後の1951年(昭和26年)に蒲生神社境内へ移されています。境内入口には第27代横綱・栃木山が奉納した大鳥居もあり、蒲生神社には初代横綱から近代の横綱まで、栃木県と相撲とのつながりを伝えるものが残されています。
ひときわ目を引くのが、高さ約221cmという明石志賀之助の巨大な石像です。伝承では身長221cm、体重225kgという並外れた巨体の持ち主だったとされ、その姿を実物大で表現しています。
石像は、宇都宮の歴史や文化を研究し、次世代へ伝える活動を行う「歴史文化を伝承する市民の会」によって2007年(平成19年)に建立されました。日本相撲協会から提供された錦絵をもとに制作されたもので、伝承に残る明石志賀之助の大きさを実際に体感できる見どころです。
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明石志賀之助の手形

石像の前には、明石志賀之助の大きな手形も設置されています。「天下泰平 一圓融合」の文字とともに刻まれており、石像とあわせてその規格外の体格を感じることができます
手形
蒲生神社では、明石志賀之助を顕彰する活動も続けられています。毎年春には「初代横綱明石志賀之助杯少年奉納相撲大会」が開催され、子どもたちが境内の土俵で取組を行います。
土俵
相撲大会だけでなく、相撲の歴史を学ぶ催しや春日野部屋の力士との餅つきなども行われ、明石志賀之助と相撲の歴史を次世代へ伝える機会となっています。横綱・栃木山奉納の大鳥居、境内の土俵、そして初代横綱を顕彰する石像・碑・手形がそろう蒲生神社は、学問の神社であると同時に、宇都宮と相撲との深いつながりを感じられる神社でもあります。

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