御旅所 | 日光東照宮 - 神社ファン

有名度

関脇

日光東照宮

にっこうとうしょうぐう

栃木県日光市山内2301

御旅所

更新日:2025年9月4日

神輿が渡御する御旅所

日光東照宮よりさらに南に向かった先には、御旅所が建ちます。渡御祭の際に神輿が渡御する建物で、1685年(貞享2年)に建立されたと伝わります。本殿、拝殿、神饌所から構成されており、1944年(昭和19年)には国の重要文化財に指定されました。
御旅所の本殿は1620年(元和6年)には、その存在が確認されています。1684年(貞享元年)に焼失してしまいましたが、翌年には再建されました。桁行三間、梁間三間、入母屋造、正面に軒唐破風が付けられ、瓦棒銅板葺きとなっています。拝殿は桁行三間、梁間三間、一重の入母屋造で、左側一間通り庇付きの構造となっており、庇すがる破風が特徴的です。
御旅所本殿と拝殿そらみみ (wikipedia CC 表示-継承 3.0)
日光東照宮の重要な祭典である春季例大祭(5月18日)と秋季大祭(10月17日)には、「百物揃千人武者行列」と称される神輿渡御が行われ、神輿がこの御旅所本殿に向かいます。この渡御祭は徳川家康の日光遷座の様子を現代に伝える祭礼です。
祭典では、まず「三品立七十五膳」と呼ばれる豪華な神饌が供えられます。三品立とは山野、田畑、海川の産物を指し、七十五膳は「たくさんの料理」という意味で、普段の神饌よりも格段に豪華なものとなります。
続いて拝殿では「八乙女の舞」が奉納されます。これは古くから日光に伝わる伝統的な神楽で、二荒山神社の弥生祭では「御前神楽」として奉納されています。八乙女の舞という名称ですが、実際に舞うのは2名です。かつて舞う女性は氏神に仕える8軒の家から選ばれていたため、この名称で呼ばれるようになりました。現在その風習はなくなりましたが、名称のみが残っています。
最後に本殿前の石畳上では「東遊の舞」が奉納されます。この舞は格式の高い神社でのみ行われるもので、家康公の最初の埋葬地である久能山東照宮がある駿河国(静岡県)で生まれたと言われています。

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