家康公がお祀りされている奥宮
奥宮にはご祭神である徳川家康公がお祀りされています。奥宮へ向かうには、まず坂下門をくぐる必要があります。この門は「開かずの門」とも呼ばれており、江戸時代には将軍が参拝する時にのみ開かれていました。現在ではこの門が、家康公の墓所へと続く奥宮参道の入口となっています。
坂下門をくぐると、奥宮への参道の石段が続きます。この石段は207段あり、東照宮建築の見どころのひとつとなっています。
階段は一段ごとに一枚石が用いられ、傾斜部分の石柵は笠も柱も土台も一枚の石をくり抜いて作られました。そのため、柱や手すり土台には、つなぎ目がありません。寒さの厳しい日光の冬の凍上防止も考慮した設計と考えられています。豪華な彫刻や彩色で知られる東照宮ですが、奥宮への参道ではこうした石材加工の技術にも注目です。
石段を登り切った先には鳥居が建っています。1683年(天和3年)に造られた銅製の明神鳥居です。1944年(昭和19年)には国の重要文化財に指定されました。この鳥居の先には、銅神庫や拝殿、鋳抜門、宝塔などが配置されています。
スポンサーリンク
屋根は銅瓦葺で、前後には軒唐破風が設けられています。建物全体は黒漆塗りを基調とした落ち着いた外観で、銅や真鍮の金具には毛彫が施されています。陽明門や御本社の極彩色とは雰囲気が大きく異なり、家康公の墓所を前にした奥宮らしい重厚な佇まいが特徴です。1908年(明治41年)には国の重要文化財に指定されました。
拝殿の後方には唐門が建ちます。「鋳抜門(いぬきもん)」とも呼ばれる、1650年(慶安3年)に造られた銅製の一間一戸平唐門です。扉以外の柱や梁などが一つの鋳型から造られたことから、この名で呼ばれています。左右には一対の銅製の狛犬が置かれ、家康公の墓所を守っています。こちらも1908年(明治41年)に国の重要文化財に指定されました。
鋳抜門の奥にある御宝塔は徳川家康公の墓所です。拝殿と鋳抜門とともに奥宮の中心を構成しており、1908年(明治41年)には国の重要文化財に指定されました。現在では誰でも参拝できますが、一般に公開されたのは1965年(昭和40年)の東照宮350年祭を機にしたもので、それ以前は一般の参拝者が立ち入ることのできない特別な場所でした。日光東照宮のパワースポットのひとつともされ、現在も多くの参拝者が訪れます。
宝塔は8角5段の石の基盤の上にさらに3段を青銅で鋳造し、その上に高さ約5メートルの宝塔を載せた構造となっています。奥社宝塔は1622年(元和8年)に木造で造られ、1641年(寛永18年)には石造に改められました。しかし地震によって倒壊したため、1683年(天和3年)に現在の鋳銅製へと造り替えられました。鋳工は椎名伊豫と伝えられています。
宝塔の下には徳川家康公の遺骸が葬られているとされています。さらに雨水が墓所へ入り込まないよう周囲の石敷には勾配が設けられ、宝塔の基壇や周囲の石材も鉄の太柄や楔を入れ、鉛を流し込んで密着させるなど、高度な技術によって造られています。目に見える宝塔の豪華さだけでなく、家康公の墓所を長く守るための工夫が地面や基壇にも施されています。
宝塔の前には鶴の燭台、唐獅子の香炉、花瓶からなる三具足が据えられています。この三具足は仏教で仏前に供える香炉・燭台・花瓶を一組とする荘厳具と同じ構成で、神仏習合の時代に造営された日光東照宮らしさを感じられるものです。燭台には長寿を象徴する鶴と亀の意匠が施されています。
宝塔の周囲は一周することができ、家康公の墓所を間近に見ながら参拝できます。豪華絢爛な陽明門や御本社から207段の石段を登った先に、杉木立に囲まれた静かな奥宮があることも日光東照宮の大きな特徴です。