要石 | 鹿島神宮 - 神社ファン

有名度

大関

鹿島神宮

かしまじんぐう

茨城県鹿嶋市宮中2306番地1

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要石

更新日:2026年8月16日

大鯰を押さえる鹿島七不思議「要石」

鹿島神宮の奥宮から左手の小道をさらに奥へ進むと、地震を起こす大鯰を押さえていると伝えられる「要石(かなめいし)」があります。鹿島七不思議のひとつに数えられる、鹿島神宮を代表する見どころです。
伝承では、東国平定のためこの地を訪れた武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)と経津主神(ふつぬしのかみ)が、周辺で地震が多く発生することを憂い、地中に棲む大鯰を押さえるため要石を置いたとされています。
鹿島神宮の要石は地上に現れている部分が直径約40cmの円形で、中央がへこんだ凹型をしています。しかし、見えている部分はごくわずかで、石そのものは地中深くまで続いていると伝えられています。
要石の鳥居と石垣
江戸時代には、水戸黄門として知られる徳川光圀が要石の深さを確かめようと、7日7晩にわたって周囲を掘らせたという逸話が残っています。それでも石の先端までたどり着くことはできず、結局その全体像を確認できなかったとされています。

香取神宮の要石と一対

鹿島神宮の要石は、東国三社のひとつである千葉県の香取神宮にある要石と対になっていると伝えられています。
鹿島神宮の要石は凹型で大鯰の頭を押さえ、香取神宮の要石は凸型で大鯰の尾を押さえているとされます。巨大な鯰を鹿島と香取の2つの要石によって封じ込めているという壮大な伝承です。
鹿島神宮 要石の石垣と小林一茶の句
香取神宮の要石は凸型をしており、大鯰の尾を抑えていると言われています。要石を守る石垣の前には、要石を守る石垣の前には、小林一茶の「大地震に びくともせぬや 松の花」という歌が記されています。
要石
要石の中央がへこんでいることから、小銭を投げ入れ、凹部分に入れば願いが叶うという俗説もあるようです。しかし、これは鹿島神宮に伝わる正式な信仰ではありません。実際に投げ込まれた小銭は神職や警備員によって取り除かれており、石を傷つける可能性もあります。要石へ小銭を投げ入れることは避けましょう。
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大鯰を押さえる武甕槌石像

奥宮から要石へ向かう小径の途中には、武甕槌大神と大鯰をモチーフにした石像があります。武甕槌大神が大鯰の頭を押さえつける姿を表現したもので、要石に伝わる地震鎮めの伝承を視覚的に分かりやすく伝えています。
武甕槌石像
こうした武甕槌大神・要石・大鯰の組み合わせが広く知られるようになった背景のひとつが、1855年(安政2年)10月に発生した安政江戸地震です。
大地震の後、江戸では大鯰を題材にした「鯰絵」と呼ばれる浮世絵が大流行しました。地震は地中の大鯰が暴れることで起こり、それを鹿島の神が要石によって押さえているという信仰が描かれました。
常陸・下総付近では被害が少なかったとされることから、鹿島神宮の要石や大鯰を描いた浮世絵や御札は、地震から家を守るものとして人気を集めました。
武甕槌石像は、そうした鯰絵にも描かれた武甕槌大神が石棒によって大鯰を押さえ込む姿を立体化したものです。鹿島神宮の要石が凹型なのも、武甕槌大神の石棒で押さえつけられているからなのかもしれない――そんな想像をしながら石像と要石を続けて見るのも、この場所ならではの楽しみ方です。
タケミカヅチの鯰絵

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