有名度
大関鹿島神宮
かしまじんぐう
茨城県鹿嶋市宮中2306番地1
末社 祝詞社・津東西社・熊野社
更新日:2026年8月16日
須賀社の向かいには、鹿島神宮の末社である祝詞社(のりとのやしろ)、津東西社(つのとうざいやしろ)、熊野社が並んで鎮座しています。いずれも小さな社ですが、祭祀を司る神、水や港を守る神、熊野信仰に関わる神と、それぞれ異なる由緒を持っています。
太玉命は、勾玉や鏡、和幣(にきて)などを掛けた榊の大玉串を用いて祭祀を行ったとされています。また、天照大御神が天岩戸から姿を現した際には、再び岩戸へ戻らないよう入口に注連縄を張ったとも伝えられています。この神話から、太玉命は玉串や注連縄の起源に関わる神ともいわれています。
神前で行われる祭祀と非常に縁の深い神を祀っていることが、鹿島神宮の末社のなかでも祝詞社ならではの特徴です。
津東西社は古く、北浦べりの下生に鎮座していたと伝えられています。鹿島周辺では古くから北浦などの水路を利用した舟による交通が重要な役割を担っており、津東西社では港を守護する神として2柱が祀られてきました。「津」の名にも、水辺や港との深い関係がうかがえます。
社前の案内板には、鹿島と和歌山県の熊野地方が古くから舟によって交流していたことや、両地域に御神縁があることが記されています。遠く離れた紀伊半島の熊野と鹿島が海上交通によって結ばれていたことを伝える、興味深い末社です。
3社はいずれも規模こそ大きくありませんが、祝詞社は神道祭祀、津東西社は水運と港、熊野社は熊野地方との交流という、それぞれ異なる鹿島神宮の歴史を伝えています。須賀社とあわせて参拝する際には、各社の御祭神だけでなく、その背景にある役割や鹿島とのつながりにも注目してみてください。

祝詞社
祝詞社の御祭神は太玉命(ふとたまのみこと)です。日本神話の天岩戸の場面で重要な役割を果たした神で、天照大御神(あまてらすおおみかみ)が岩戸に隠れ、世界が暗闇に包まれた際、その神を外へ招き出すための祭祀に携わりました。太玉命は、勾玉や鏡、和幣(にきて)などを掛けた榊の大玉串を用いて祭祀を行ったとされています。また、天照大御神が天岩戸から姿を現した際には、再び岩戸へ戻らないよう入口に注連縄を張ったとも伝えられています。この神話から、太玉命は玉串や注連縄の起源に関わる神ともいわれています。
神前で行われる祭祀と非常に縁の深い神を祀っていることが、鹿島神宮の末社のなかでも祝詞社ならではの特徴です。

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津東西社
祝詞社の右手に鎮座する津東西社の御祭神は、高龗神(たかおかみのかみ)と闇龗神(くらおかみのかみ)です。ともに水を司る神として信仰されてきました。津東西社は古く、北浦べりの下生に鎮座していたと伝えられています。鹿島周辺では古くから北浦などの水路を利用した舟による交通が重要な役割を担っており、津東西社では港を守護する神として2柱が祀られてきました。「津」の名にも、水辺や港との深い関係がうかがえます。

熊野社
熊熊野社では、伊弉諾命(いざなぎのみこと)・事解男命(ことさかおのみこと)・速玉男命(はやたまのおのみこと)の3柱をお祀りしています。社前の案内板には、鹿島と和歌山県の熊野地方が古くから舟によって交流していたことや、両地域に御神縁があることが記されています。遠く離れた紀伊半島の熊野と鹿島が海上交通によって結ばれていたことを伝える、興味深い末社です。

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