有名度
大関鹿島神宮
かしまじんぐう
茨城県鹿嶋市宮中2306番地1
坂戸社・沼尾社遥拝所
更新日:2026年8月16日
坂戸社・沼尾社遥拝所
須賀社の左側には、鹿島神宮と非常に深い関係を持つ境外摂社、坂戸社と沼尾社を拝むための遥拝所があります。奈良時代の和銅6年(713)に編纂された『常陸国風土記』には、鹿島神宮だけでなく坂戸社と沼尾社も登場します。同書では「天の大神の社、坂戸の社、沼尾の社」の3社を合わせて「香島之大神(かしまのあめのおおかみ)」と称したことが記されています。古くは祭礼や祝い事の際に鹿島神宮・坂戸社・沼尾社の3社を参拝する習わしがあり、「鹿島三社参り」と呼ばれていました。

境外摂社 坂戸社
坂戸社は鹿島神宮の北側、鹿嶋市山之上に鎮座しています。『常陸国風土記』にもその名が記された古社で、御祭神は天児屋根命(あめのこやねのみこと)です。天児屋根命は天孫降臨に従った神で、祭祀を司る中臣氏の祖神として知られています。『常陸国風土記』には、大神の神意を理解し、崇神天皇からの幣物を鹿島に奉ったことが記されています。その後、天児屋根命は鹿島に留まり、鹿島中臣氏の祖となったと伝えられています。鹿島神宮の祭祀を考えるうえでも重要な神を祀る摂社です。
Saigen Jiro (Wikipedia CC0)スポンサーリンク
境外摂社 沼尾社
沼尾社は坂戸社よりさらに北、鹿嶋市小山に鎮座しています。こちらも『常陸国風土記』に登場する古社で、鹿島神宮・坂戸社とともに「香島之大神」を構成したとされる神社です。御祭神は経津主神(ふつぬしのかみ)。東国を開く際には、経津主神と武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)が明石浜へ上陸したと伝えられています。その後、経津主神は沼尾から香取へ、武甕槌大神は沼尾から鹿島神宮の本宮へと向かったという伝承が残されています。
坂戸社と沼尾社まで実際に足を延ばすのが難しい場合でも、この遥拝所から両社を拝むことができます。『常陸国風土記』の時代から鹿島神宮とともに信仰されてきた2社の存在を知ると、古代の鹿島信仰が現在の境内だけにとどまらない広がりを持っていたことを感じられる場所です。
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