有名度
前頭大物忌神社
おおものいみじんじゃ
山形県酒田市本楯字新田目85
山形県酒田市本楯字新田目85

かんたんご利益
- 健康
- 仕事
大物忌神社には
「健康系」「仕事系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
五穀豊穣 病気平癒
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「大物忌系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
本楯大物忌神社は山形県酒田市に鎮座する神社。御祭神は稲倉魂命の1柱をまつる。
社格は旧県社。
創建は奈良時代の天平年間(729~749)と伝えられる。鎮座地は新田目城跡に当たり、平安時代には出羽国の国衙が置かれた地と考えられている。当地に大物忌神を国土の守護神として奉斎したことが、当社の起源とされており、古くから出羽国を守護する神として崇敬を集めてきた。
平安時代後期には、前九年・後三年の役に赴いた八幡太郎義家が当社で戦勝を祈願し、太刀を奉納したとの伝承が残されている。鎌倉時代には、源頼朝が出羽国の田地調査を国衙に命じた際、鎌倉幕府の祈願所として尊崇されたと伝えられる。その後も歴代領主から社領の寄進を受けるなど、当地における重要な祈願所として信仰が受け継がれた。
元禄10年(1697)には、庄内藩酒井家によって境内に杉が植えられた。また、大庄屋に命じて毎年二百十日の風祭りを執行させ、風害を避けて五穀の実りを願う祈りが捧げられた。こうして大物忌神への信仰は農耕や風害除けとも深く結び付き、当社は地域の暮らしと農業を守る重要な祈願所として崇敬されてきた。
境内を含む新田目城跡には、現在も土塁や堀の一部が残されており、当地の歴史を伝える貴重な遺構となっている。昭和32年(1957)8月16日には、その歴史的価値が認められて山形県指定史跡となった。また、当地には本楯神代神楽が伝承されており、例祭に合わせて奉納されている。古代から続く大物忌神への信仰と地域の歴史を今日に伝える神社として、現在も篤い崇敬を集めている。例祭日は5月2日である。
社格は旧県社。
創建は奈良時代の天平年間(729~749)と伝えられる。鎮座地は新田目城跡に当たり、平安時代には出羽国の国衙が置かれた地と考えられている。当地に大物忌神を国土の守護神として奉斎したことが、当社の起源とされており、古くから出羽国を守護する神として崇敬を集めてきた。
平安時代後期には、前九年・後三年の役に赴いた八幡太郎義家が当社で戦勝を祈願し、太刀を奉納したとの伝承が残されている。鎌倉時代には、源頼朝が出羽国の田地調査を国衙に命じた際、鎌倉幕府の祈願所として尊崇されたと伝えられる。その後も歴代領主から社領の寄進を受けるなど、当地における重要な祈願所として信仰が受け継がれた。
元禄10年(1697)には、庄内藩酒井家によって境内に杉が植えられた。また、大庄屋に命じて毎年二百十日の風祭りを執行させ、風害を避けて五穀の実りを願う祈りが捧げられた。こうして大物忌神への信仰は農耕や風害除けとも深く結び付き、当社は地域の暮らしと農業を守る重要な祈願所として崇敬されてきた。
境内を含む新田目城跡には、現在も土塁や堀の一部が残されており、当地の歴史を伝える貴重な遺構となっている。昭和32年(1957)8月16日には、その歴史的価値が認められて山形県指定史跡となった。また、当地には本楯神代神楽が伝承されており、例祭に合わせて奉納されている。古代から続く大物忌神への信仰と地域の歴史を今日に伝える神社として、現在も篤い崇敬を集めている。例祭日は5月2日である。
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出典
山形県神社庁
https://yamagata-jinjyacho.or.jp/
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