有名度
十両若宮八幡神社
わかみやはちまんじんじゃ
秋田県秋田市外旭川字堂ノ前112
秋田県秋田市外旭川字堂ノ前112

かんたんご利益
御祭神
仁徳天皇 にんとくてんのう
神社系統
この神社の主な系統は
「若宮八幡系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
若宮八幡神社は秋田県秋田市に鎮座する神社。御祭神は仁徳天皇の1柱をまつる。
創建年代は明らかではないが、明治5年(1872)8月に村社へ列格した。昭和30年(1955)発行の『外旭川村史』には、天正年間(1573~1592)に秋田城之介実季の武将として活躍した八柳平治郎に関連して、現在の若宮八幡神社は八柳氏の氏神であったと記されている。御神体は仁徳天皇の像で、足の欠けた芦毛の馬に乗る姿と伝えられ、この伝承をはばかって八柳では芦毛の馬を飼わなかったともいう。
菅江真澄が描いた八柳荘の図には、若宮八幡宮を中心として地蔵と白山姫の社が描かれている。これらは現在の若宮神社、愛宕神社、白山神社にあたるものと考えられている。
『羽陰温故誌』には、当地の地蔵堂にまつわる伝承も記されている。かつて五月頃になると見知らぬ女性が早乙女の姿で現れ、村の家々で田植えを手伝っていたという。村人がその正体を怪しみ、狐狸の類ではないかと女性の片足を斬ったところ、女性は忽然と姿を消した。血の跡をたどって地蔵堂へ向かうと、堂内の地蔵の片足から血が滴っており、それ以来、地蔵は片足を失った姿になったと伝えられる。また、女性の足を斬った者の子孫は三代にわたって足の病に苦しんだという。この地蔵は足の病に霊験があると信仰され、堂に納められた脚絆を借りて患部につけると全快するとされ、「サセ取の地蔵」として知られた。
現在も境内には愛宕神社、白山神社、唐松神社がまつられている。愛宕神社は手足の神、白山神社は歯の神として近隣から信仰を集めている。例祭は毎年4月15日に斎行されている。
創建年代は明らかではないが、明治5年(1872)8月に村社へ列格した。昭和30年(1955)発行の『外旭川村史』には、天正年間(1573~1592)に秋田城之介実季の武将として活躍した八柳平治郎に関連して、現在の若宮八幡神社は八柳氏の氏神であったと記されている。御神体は仁徳天皇の像で、足の欠けた芦毛の馬に乗る姿と伝えられ、この伝承をはばかって八柳では芦毛の馬を飼わなかったともいう。
菅江真澄が描いた八柳荘の図には、若宮八幡宮を中心として地蔵と白山姫の社が描かれている。これらは現在の若宮神社、愛宕神社、白山神社にあたるものと考えられている。
『羽陰温故誌』には、当地の地蔵堂にまつわる伝承も記されている。かつて五月頃になると見知らぬ女性が早乙女の姿で現れ、村の家々で田植えを手伝っていたという。村人がその正体を怪しみ、狐狸の類ではないかと女性の片足を斬ったところ、女性は忽然と姿を消した。血の跡をたどって地蔵堂へ向かうと、堂内の地蔵の片足から血が滴っており、それ以来、地蔵は片足を失った姿になったと伝えられる。また、女性の足を斬った者の子孫は三代にわたって足の病に苦しんだという。この地蔵は足の病に霊験があると信仰され、堂に納められた脚絆を借りて患部につけると全快するとされ、「サセ取の地蔵」として知られた。
現在も境内には愛宕神社、白山神社、唐松神社がまつられている。愛宕神社は手足の神、白山神社は歯の神として近隣から信仰を集めている。例祭は毎年4月15日に斎行されている。
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出典
秋田県神社庁
https://akita-jinjacho.sakura.ne.jp/
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