有名度
十両新山神社
にいやまじんじゃ
秋田県由利本荘市黒沢字山本37
秋田県由利本荘市黒沢字山本37

かんたんご利益
御祭神
宮比大神 みやひのおおかみ
大山祇大神 おおやまづみのおおかみ
神社系統
この神社の主な系統は
「宮比系」
です。他に 「三島・大山祇系」
も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
新山神社は秋田県由利本荘市に鎮座する神社。御祭神は宮比大神、大山祇大神の2柱をまつる。
社格は旧村社。
文永年間(1264~1275)、領主の武運長久と五穀豊穣を祈願して勧請されたと伝えられる。由利仲八郎政春が西目浜館から南福田の鳴瀬台へ移住した頃には、すでに黒沢に集落が形成されていたという。政春は神社を篤く崇敬し、毎年3月20日に参拝するとともに、田地3畝4歩を寄進したと伝えられている。
正中元年(1324)、政春が鳥海弥三郎の急襲を受けて自害すると、家臣たちは若君を奉じて各地へ落ち延びた。そのうちの一人である畠山右京は当地にとどまり、その後も神事に奉仕したという。
安永9年(1780)6月には火災に見舞われ、神社に伝わっていた古い記録をすべて焼失した。翌天明元年(1781)、旧社地である応理から現在の山本へ遷宮し、社地を移した。明治43年(1910)8月2日には、東鮎川山崎の大山祇神社と沢口の保食神社を合祀して村社となり、地域の信仰を受け継いできた。例祭日は4月15日で、7月15日には湯立神事が行われる。
社格は旧村社。
文永年間(1264~1275)、領主の武運長久と五穀豊穣を祈願して勧請されたと伝えられる。由利仲八郎政春が西目浜館から南福田の鳴瀬台へ移住した頃には、すでに黒沢に集落が形成されていたという。政春は神社を篤く崇敬し、毎年3月20日に参拝するとともに、田地3畝4歩を寄進したと伝えられている。
正中元年(1324)、政春が鳥海弥三郎の急襲を受けて自害すると、家臣たちは若君を奉じて各地へ落ち延びた。そのうちの一人である畠山右京は当地にとどまり、その後も神事に奉仕したという。
安永9年(1780)6月には火災に見舞われ、神社に伝わっていた古い記録をすべて焼失した。翌天明元年(1781)、旧社地である応理から現在の山本へ遷宮し、社地を移した。明治43年(1910)8月2日には、東鮎川山崎の大山祇神社と沢口の保食神社を合祀して村社となり、地域の信仰を受け継いできた。例祭日は4月15日で、7月15日には湯立神事が行われる。
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神社詳細
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出典
秋田県神社庁
https://akita-jinjacho.sakura.ne.jp/
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