有名度
前頭空素沼神社
からすぬまじんじゃ
秋田県秋田市寺内高野2-17
秋田県秋田市寺内高野2-17

かんたんご利益
- 安全
空素沼神社には
「安全系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
祈雨・祈晴 水害守護
御祭神
高龗神 たかおかみのかみ
神社系統
この神社の主な系統は
「おかみ系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
空素沼神社は秋田県秋田市に鎮座する神社。御祭神は高龗神の1柱をまつる。
創建年代は明らかではない。空素沼の一帯は、もとは狼ヶ沢と呼ばれ、小沢と田地があったと伝えられる。元禄元年(1688)7月23日、一夜にして大きな沼になったとの伝承が残る。沼は深く、周囲には杉や松が生い茂り、里人から畏れられていた。
狼ヶ沢の名については、かつてオオカミが集まったため「狼沢」と呼ばれた、この沢へ入ると帰る者がいなかったため「帰らずの沢」と呼ばれたなどの伝承がある。また、狼ヶ沢を「大神ヶ沢」として天然神を祀ったとする説も伝わる。
江戸時代後期、久保田藩9代藩主佐竹義和の時代に秋田地方で大旱魃が起こった。佐竹義和は補陀寺の徳善、赤田の是山、天徳寺の義産に雨乞いを命じた。3人が空素沼の主に雨乞いを行うと雨が降ったと伝えられ、その後、沼のほとりに祠を建てて龍神を祀った。これが現在の空素沼神社の起源とされ、3頭の龍神を祀ったとの伝承も残る。
万延年間(1860~1861)には、河辺郡大山村勢覚寺の和尚が藩主の求めを受け、空素沼神社で祈願したと伝えられる。祈願後に霊験があったとされ、藩主から勢覚寺の寺号を賜ったとの伝承が残る。
明治以降は秋田市内だけでなく大曲・仙北地方にも信仰が広がり、各地に講社が組織された。講社による参拝が盛んになり、社殿の増改築も行われた。
例祭は8月23日に行われる。また、11月23日には秋季講社祭が行われ、春と秋の講社祭には各地の講社から参拝者が訪れる。
創建年代は明らかではない。空素沼の一帯は、もとは狼ヶ沢と呼ばれ、小沢と田地があったと伝えられる。元禄元年(1688)7月23日、一夜にして大きな沼になったとの伝承が残る。沼は深く、周囲には杉や松が生い茂り、里人から畏れられていた。
狼ヶ沢の名については、かつてオオカミが集まったため「狼沢」と呼ばれた、この沢へ入ると帰る者がいなかったため「帰らずの沢」と呼ばれたなどの伝承がある。また、狼ヶ沢を「大神ヶ沢」として天然神を祀ったとする説も伝わる。
江戸時代後期、久保田藩9代藩主佐竹義和の時代に秋田地方で大旱魃が起こった。佐竹義和は補陀寺の徳善、赤田の是山、天徳寺の義産に雨乞いを命じた。3人が空素沼の主に雨乞いを行うと雨が降ったと伝えられ、その後、沼のほとりに祠を建てて龍神を祀った。これが現在の空素沼神社の起源とされ、3頭の龍神を祀ったとの伝承も残る。
万延年間(1860~1861)には、河辺郡大山村勢覚寺の和尚が藩主の求めを受け、空素沼神社で祈願したと伝えられる。祈願後に霊験があったとされ、藩主から勢覚寺の寺号を賜ったとの伝承が残る。
明治以降は秋田市内だけでなく大曲・仙北地方にも信仰が広がり、各地に講社が組織された。講社による参拝が盛んになり、社殿の増改築も行われた。
例祭は8月23日に行われる。また、11月23日には秋季講社祭が行われ、春と秋の講社祭には各地の講社から参拝者が訪れる。
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出典
秋田県神社庁
https://akita-jinjacho.sakura.ne.jp/
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