有名度
十両兜神社
かぶとじんじゃ
秋田県能代市二ツ井町切石字山根8
秋田県能代市二ツ井町切石字山根8

かんたんご利益
御祭神
藤原泰衡 ふじわらのやすひら
神社系統
この神社の主な系統は
「不明(1柱)」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
兜神社は秋田県能代市に鎮座する神社。御祭神は藤原泰衡の1柱をまつる。
社格は旧村社。
藤原泰衡が源頼朝の追討を受けて北へ逃れる途中、当地で兜を脱いだとの伝承に由来する。その兜は後に御神体として祀られ、兜にまつわる信仰が受け継がれてきた。
寛政6年(1794)、佐竹義和が兜を久保田城へ召し上げ、その代わりとして「兜宮」と記した掛軸を授けるとともに、毎年米3石を祭事料として与えた。久保田城へ移された兜は、明治40年代になって返却された。
昭和30年(1955)、国道7号バイパスの建設工事に伴い、それまで米代川付近にあった拝殿を約80m離れた現在地へ移転した。昭和45年(1970)には御神体の兜が盗難に遭い、この事件を契機として兜の存在が広く知られるようになった。
境内には、明治天皇の東北巡幸に際し、米代川を渡河するために使用された御假屋も残されており、神社の由緒とともに当地の歴史を伝えている。
社格は旧村社。
藤原泰衡が源頼朝の追討を受けて北へ逃れる途中、当地で兜を脱いだとの伝承に由来する。その兜は後に御神体として祀られ、兜にまつわる信仰が受け継がれてきた。
寛政6年(1794)、佐竹義和が兜を久保田城へ召し上げ、その代わりとして「兜宮」と記した掛軸を授けるとともに、毎年米3石を祭事料として与えた。久保田城へ移された兜は、明治40年代になって返却された。
昭和30年(1955)、国道7号バイパスの建設工事に伴い、それまで米代川付近にあった拝殿を約80m離れた現在地へ移転した。昭和45年(1970)には御神体の兜が盗難に遭い、この事件を契機として兜の存在が広く知られるようになった。
境内には、明治天皇の東北巡幸に際し、米代川を渡河するために使用された御假屋も残されており、神社の由緒とともに当地の歴史を伝えている。
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神社詳細
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出典
秋田県神社庁
https://akita-jinjacho.sakura.ne.jp/
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