有名度
十両熊野神社
くまのじんじゃ
宮城県登米市登米町大字日根牛字五郎峯24
宮城県登米市登米町大字日根牛字五郎峯24

かんたんご利益
- 健康
- 安全
熊野神社には
「健康系」「安全系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
国土安泰 延命長寿 無病息災 海上安全
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「熊野系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
熊野神社は宮城県登米市に鎮座する神社。御祭神は家都御子神の1柱をまつる。
社格は旧村社。
永和元年(1375)、紀伊国熊野から分霊を勧請したと伝えられる。また、坂上田村麻呂が東征の際に当社へ祈願し、社殿を修理するとともにイチョウを植えたとの伝承や、源義家が桃生から進軍する途中に参拝したとの伝承も残されている。
嘉応年間(1169~1171)には藤原秀衡が社殿を改築し、神田を寄進したという。その後、天正年間(1573~1592)の兵火によって社殿を焼失し、以後は修験常光院が別当となって祭祀を担った。
伊達宗直が登米へ入ると当社はその崇敬を受け、後代の伊達村永は五郎峯に新たな社殿を建立して遷座した。明治12年(1879)には村社に列し、以後も地域の鎮守として祭祀が受け継がれている。例祭日は10月15日である。
社格は旧村社。
永和元年(1375)、紀伊国熊野から分霊を勧請したと伝えられる。また、坂上田村麻呂が東征の際に当社へ祈願し、社殿を修理するとともにイチョウを植えたとの伝承や、源義家が桃生から進軍する途中に参拝したとの伝承も残されている。
嘉応年間(1169~1171)には藤原秀衡が社殿を改築し、神田を寄進したという。その後、天正年間(1573~1592)の兵火によって社殿を焼失し、以後は修験常光院が別当となって祭祀を担った。
伊達宗直が登米へ入ると当社はその崇敬を受け、後代の伊達村永は五郎峯に新たな社殿を建立して遷座した。明治12年(1879)には村社に列し、以後も地域の鎮守として祭祀が受け継がれている。例祭日は10月15日である。
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出典
宮城県神社庁
https://miyagi-jinjacho.or.jp/
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