有名度
十両柏木神社
かしわぎじんじゃ
宮城県多賀城市大代5-17-50
宮城県多賀城市大代5-17-50

かんたんご利益
- 仕事
- 子供
- 安全
柏木神社には
「仕事系」「子供系」「安全系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
海上安全 大漁 安産
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「塩竈系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
柏木神社は宮城県多賀城市に鎮座する神社。御祭神は藻塩場老翁、藻塩場老女の2柱をまつる。
社格は旧村社。
明治2年(1869)の神社調書に残された棟札の記録によれば、延暦2年(783)の勧請とされる。鹽竈神社に随従して塩を焼いた神を祀ると伝えられ、その神が焼いた塩を柏の葉に包んで人々へ分け与えたことから、柏木の社名が生まれたという。神仏習合の時代には観音像を神体として祀っていたが、明治維新の際に取り除かれ、柏木神社へ改称した。
明治4年(1871)には村社に列した。その後、明治42年(1909)に笠神の二和多利神社へ合祀された。昭和18年(1943)には旧鎮座地一帯に海軍工廠が建設されることとなり、これに伴って大代の現在地へ移された。
戦後の昭和35年(1960)8月11日には、柏木神社を大代、二和多利神社を笠神、須賀神社を塩竈市牛生へそれぞれ復帰させることが認められ、各神霊が旧地区へ奉還された。その後、明治百年を記念して新たな社殿が造営され、それまでの旧社殿は戦没者を祀る霊殿として境内に残された。こうした合祀や移転、戦後の復帰を経ながら祭祀が受け継がれ、現在に至っている。例祭は旧暦5月27日と旧暦9月27日に行われる。
社格は旧村社。
明治2年(1869)の神社調書に残された棟札の記録によれば、延暦2年(783)の勧請とされる。鹽竈神社に随従して塩を焼いた神を祀ると伝えられ、その神が焼いた塩を柏の葉に包んで人々へ分け与えたことから、柏木の社名が生まれたという。神仏習合の時代には観音像を神体として祀っていたが、明治維新の際に取り除かれ、柏木神社へ改称した。
明治4年(1871)には村社に列した。その後、明治42年(1909)に笠神の二和多利神社へ合祀された。昭和18年(1943)には旧鎮座地一帯に海軍工廠が建設されることとなり、これに伴って大代の現在地へ移された。
戦後の昭和35年(1960)8月11日には、柏木神社を大代、二和多利神社を笠神、須賀神社を塩竈市牛生へそれぞれ復帰させることが認められ、各神霊が旧地区へ奉還された。その後、明治百年を記念して新たな社殿が造営され、それまでの旧社殿は戦没者を祀る霊殿として境内に残された。こうした合祀や移転、戦後の復帰を経ながら祭祀が受け継がれ、現在に至っている。例祭は旧暦5月27日と旧暦9月27日に行われる。
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神社詳細
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出典
宮城県神社庁
https://miyagi-jinjacho.or.jp/
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