有名度
十両八雲神社
やくもじんじゃ
宮城県柴田郡柴田町大字入間田字古内24
宮城県柴田郡柴田町大字入間田字古内24

かんたんご利益
- 健康
- 仕事
- 厄除
八雲神社には
「健康系」「仕事系」「厄除・開運系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
災難除け 疫病除け 五穀豊穣
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「祇園・須佐系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
八雲神社は宮城県柴田郡柴田町に鎮座する神社。御祭神は武速須佐廼男命の1柱をまつる。
社格は旧郷社。
文治5年(1189)6月10日、源義経の家臣・鈴木三郎重家に仕えた水原平兵衛重氏が勧請したと伝えられる。重氏は主の遺命を受け、鈴木氏の氏神として祀られていた祇園牛頭天王の神体を背負って当地へ至り、山を開いて祠を建て、祇園牛頭天王を奉斎したという。古くは祇園宮、牛頭天王社、祇園牛頭天王などと称した。
慶長13年(1608)、聖護院宮興意法親王が当地を訪れて参拝し、一泊した。この際、別当へ医王山大泉寺の寺山号を授けたとされる。江戸時代には伊達氏の崇敬を受け、社領として三貫文田が寄進された。文化年間(1804~1818)には伊達氏の武運長久を祈願し、毎年正月3日に祈祷を執り行うなど、領主との深い関わりのもとで祭祀が続けられた。
明治4年(1871)、神仏分離に伴って八雲神社へ改称し、村社に列した。明治7年(1874)には郷社へ昇格し、明治40年(1907)には神饌幣帛料供進神社に指定された。例祭では神幸が行われるほか、浦安の舞が奉納され、現在まで祭祀の伝統が受け継がれている。
社格は旧郷社。
文治5年(1189)6月10日、源義経の家臣・鈴木三郎重家に仕えた水原平兵衛重氏が勧請したと伝えられる。重氏は主の遺命を受け、鈴木氏の氏神として祀られていた祇園牛頭天王の神体を背負って当地へ至り、山を開いて祠を建て、祇園牛頭天王を奉斎したという。古くは祇園宮、牛頭天王社、祇園牛頭天王などと称した。
慶長13年(1608)、聖護院宮興意法親王が当地を訪れて参拝し、一泊した。この際、別当へ医王山大泉寺の寺山号を授けたとされる。江戸時代には伊達氏の崇敬を受け、社領として三貫文田が寄進された。文化年間(1804~1818)には伊達氏の武運長久を祈願し、毎年正月3日に祈祷を執り行うなど、領主との深い関わりのもとで祭祀が続けられた。
明治4年(1871)、神仏分離に伴って八雲神社へ改称し、村社に列した。明治7年(1874)には郷社へ昇格し、明治40年(1907)には神饌幣帛料供進神社に指定された。例祭では神幸が行われるほか、浦安の舞が奉納され、現在まで祭祀の伝統が受け継がれている。
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神社詳細
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出典
宮城県神社庁
https://miyagi-jinjacho.or.jp/
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