有名度
十両船形神社
ふながたじんじゃ
宮城県加美郡色麻町小栗山字獄山1
宮城県加美郡色麻町小栗山字獄山1

かんたんご利益
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「不明(柱)」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
船形神社は宮城県加美郡色麻町に鎮座する神社。御祭神は玉依姫命の1柱をまつる。
社格は旧村社。
慶雲4年(707)の勧請と伝えられ、古くは船形十二社権現社、また船形権現社と称した。麓には天台宗妻帯衆徒の坊が置かれ、表口の小栗山村に15坊、裏口の青野に5坊を数え、合わせて20坊を擁した。三明坊が山主別当職を務め、船形山鶏運寺と号して祭祀を担った。
応永年間(1394~1428)には快永の後裔が修験となり、以後、その子孫が代々別当職を継承した。永享10年(1438)には、小栗山城主で大崎氏の家臣であった仁木六郎源吉重が社殿を修造している。
祭事は4月8日から9月8日、のちには10月8日までの期間に五穀豊穣を祈って行われ、「飯豊神祭」と称された。また、正月には「船形山福田精進」と称する2夜3日の潔斎が行われ、田植えを終えた後には集落の人々が参拝する「五月詣り」の習俗も伝えられていた。
明治維新後の明治5年(1872)3月には村社に列した。
社格は旧村社。
慶雲4年(707)の勧請と伝えられ、古くは船形十二社権現社、また船形権現社と称した。麓には天台宗妻帯衆徒の坊が置かれ、表口の小栗山村に15坊、裏口の青野に5坊を数え、合わせて20坊を擁した。三明坊が山主別当職を務め、船形山鶏運寺と号して祭祀を担った。
応永年間(1394~1428)には快永の後裔が修験となり、以後、その子孫が代々別当職を継承した。永享10年(1438)には、小栗山城主で大崎氏の家臣であった仁木六郎源吉重が社殿を修造している。
祭事は4月8日から9月8日、のちには10月8日までの期間に五穀豊穣を祈って行われ、「飯豊神祭」と称された。また、正月には「船形山福田精進」と称する2夜3日の潔斎が行われ、田植えを終えた後には集落の人々が参拝する「五月詣り」の習俗も伝えられていた。
明治維新後の明治5年(1872)3月には村社に列した。
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出典
宮城県神社庁
https://miyagi-jinjacho.or.jp/
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