有名度
十両新山神社
にいやまじんじゃ
宮城県石巻市雄勝町上雄勝3-35
宮城県石巻市雄勝町上雄勝3-35

かんたんご利益
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「不明(柱)」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
新山神社は宮城県石巻市に鎮座する神社。御祭神は伊邪那岐命の1柱をまつる。
社格は旧村社。
天応年間(781~782)の創祀と伝えられ、当初は標高約520メートルの硯上山山頂に鎮座し、新山大明神と称して祀られていた。文治年間(1185~1190)、藤原秀衡の時代に硯上山へ天台宗寺院が設けられたことに伴い、山頂から中腹の坊ヶ沢へ移され、新山大権現と改称した。
明治初年の神仏分離に際して村社の認可を受け、社号を新山神社へ改めた。明治29年(1896)の三陸大津波では当時の社掌が被災し、長く伝えられてきた社蔵文書もすべて流失した。明治40年(1907)3月1日には神饌幣帛料供進神社に指定され、大正8年(1919)に現在地へ遷座した。
平成23年(2011)の東日本大震災では、津波によって社殿がすべて流失した。一方、隣接する雄勝小学校の児童や住民約200人は神社裏の山へ登り、消防団の案内を受けて峠を越え、難を逃れた。震災翌年の平成24年(2012)10月には、伊勢の神宮から提供された復興支援材を用い、神社本庁と宮城県神社庁の協力を受けて社殿を再建した。さらに平成26年(2014)5月には、境内にタブノキをはじめ23種、約2,800本の樹木が植えられた。
平成28年(2016)3月には、雄勝字下雄勝の熊野神社と雄勝字唐桑の五十鈴神社を合祀した。令和5年(2023)10月には、女川地区から譲り受けた社をかつての社殿跡にあたる高台へ再建し、竣工報告祭を斎行した。祭典では湯立神事をはじめ、胴ばやし獅子舞や雄勝法印神楽が奉納された。例祭は毎年10月19日に行われる。
社格は旧村社。
天応年間(781~782)の創祀と伝えられ、当初は標高約520メートルの硯上山山頂に鎮座し、新山大明神と称して祀られていた。文治年間(1185~1190)、藤原秀衡の時代に硯上山へ天台宗寺院が設けられたことに伴い、山頂から中腹の坊ヶ沢へ移され、新山大権現と改称した。
明治初年の神仏分離に際して村社の認可を受け、社号を新山神社へ改めた。明治29年(1896)の三陸大津波では当時の社掌が被災し、長く伝えられてきた社蔵文書もすべて流失した。明治40年(1907)3月1日には神饌幣帛料供進神社に指定され、大正8年(1919)に現在地へ遷座した。
平成23年(2011)の東日本大震災では、津波によって社殿がすべて流失した。一方、隣接する雄勝小学校の児童や住民約200人は神社裏の山へ登り、消防団の案内を受けて峠を越え、難を逃れた。震災翌年の平成24年(2012)10月には、伊勢の神宮から提供された復興支援材を用い、神社本庁と宮城県神社庁の協力を受けて社殿を再建した。さらに平成26年(2014)5月には、境内にタブノキをはじめ23種、約2,800本の樹木が植えられた。
平成28年(2016)3月には、雄勝字下雄勝の熊野神社と雄勝字唐桑の五十鈴神社を合祀した。令和5年(2023)10月には、女川地区から譲り受けた社をかつての社殿跡にあたる高台へ再建し、竣工報告祭を斎行した。祭典では湯立神事をはじめ、胴ばやし獅子舞や雄勝法印神楽が奉納された。例祭は毎年10月19日に行われる。
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出典
宮城県神社庁
https://miyagi-jinjacho.or.jp/
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