御社殿・御祭神・ご利益 | 釣石神社 - 神社ファン

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釣石神社

つりいしじんじゃ

宮城県石巻市北上町十三浜字追波305

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御社殿・御祭神・ご利益

更新日:2026年8月12日

釣石神社は、北上川河口近くの小高い丘に鎮座しています。境内からは北上川が太平洋へと流れ込む雄大な景色を望むことができ、社殿付近には、この一帯の旧称である「舘ヶ崎」の名を残す舘ヶ崎公園があります。
釣石神社 鳥居
道路から境内へ入ってすぐの場所には社務所があります。現在の社務所は平成23年(2011)の東日本大震災後に建て直されたものです。震災では津波が境内まで押し寄せ、鳥居や社務所が流失しました。本殿へ向かう石段の途中には「東日本大震災 津波浸水ここまで」と記された表示があり、津波がどの高さまで到達したのかを現在に伝えています。
東日本大震災津波浸水位置と男石・女石
石段の左側には、釣石神社の名の由来となった巨大な「釣石」がありますが、その下にも大きな岩が横たわっています。大きさは約8m×4mで、多くの絵馬が掛けられているのが特徴です。
釣石神社では、上方にある釣石を「男石」、その下に横たわる石を「女石」とし、2つの巨石を陰陽の御神体として信仰しています。男石と女石が対になった夫婦石でもあることから、縁結びや夫婦円満、子授け・子孫繁栄などの御利益があるとされています。
平成23年(2011)の東日本大震災では、津波によって境内の鳥居や絵馬などが流されました。それほど大きな被害を受けながら、男石と女石の2つの巨石は流されることなく、その場所に留まりました。受験の「落ちない」信仰で有名な男石だけでなく、夫婦石として信仰される女石も震災を乗り越えて残ったことになります。
石段下の右側には狛犬をはじめ、庚申塔や石碑などが並び、長くこの土地で信仰が受け継がれてきたことを感じさせます。
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174段の石段の先にある御社殿

御社殿までは、釣石を左手に見ながら174段の石段を上っていきます。石段は途中で道が分かれており、境内社の古峰神社へと続く参道もあります。
釣石神社はもともと現在地より奥にある鷹ノ巣山の産土沢と呼ばれる山上に祀られていました。しかし、山中では里人の参拝に不便であったことから北上川沿いへ移され、元和4年(1618)に現在地へ遷宮したと伝えられています。
釣石神社 社殿
174段の石段を上りきった先に御社殿があり、その近くからは北上川河口を望むことができます。この付近はかつて「舘ヶ崎」と呼ばれた場所で、釣石神社の公式サイトでは、伊達藩主がこの地から北上川河口を眺めて歌を詠んだことも紹介されています。
奥ノ院は大正3年(1914)に新築されたもので、御祭神の天児屋根命(あめのこやねのみこと)が鎮座しています。
釣石神社 社殿に奉納された剣
御社殿の正面で目を引くのが、奉納された剣です。もともとは武運長久を祈願して奉納されたもので、現在ではさまざまな願いの成就を祈って奉納されています。実物の剣だけでなく、剣を描いた木板も数多く掲げられており、一般的な神社とは少し異なる独特の奉納風景を見ることができます。社殿内の壁にも数多くの奉納絵馬が掲げられ、長年にわたり多くの人々が願いを託してきたことがうかがえます。

御祭神・ご利益

御祭神は天児屋根命です。天児屋根命は「祝詞の神」として知られ、『古事記』『日本書紀』に記された天岩戸神話にも登場します。
天照大御神(あまてらすおおみかみ)が天岩戸に隠れて世界が暗闇に包まれた際、天児屋根命は岩戸の前で祝詞を奏上しました。祭祀をつかさどった中臣氏の祖神であり、のちに藤原氏の祖神としても崇敬され、奈良の春日大社をはじめとする春日信仰と深い関わりを持つ神です。
釣石神社 御祭神 天児屋根命
釣石神社では合格祈願が特に有名です。昭和53年(1978)の宮城県沖地震、さらに平成23年(2011)の東日本大震災という2度の大地震でも、今にも落ちそうな巨大な釣石が落ちなかったことから、「落ちそうで落ちない」が「試験に落ちない」へと結びつきました。現在では受験シーズンを中心に、合格を願う受験生やその家族が参拝に訪れています。
また、男石と女石からなる夫婦石への信仰から、縁結びや夫婦円満、子授け、子孫繁栄を願う参拝者も訪れます。このほか家内安全、身体健全、長寿、交通安全など幅広い御利益があるとされ、必勝祈願、良縁祈願、病気平癒、車祓、旅行安全、商売繁盛などの祈願も行われています。
巨大な男石と女石、津波の到達地点を残す石段、174段の参道、そして丘の上に鎮座する御社殿。釣石神社の境内には、古くから続く巨石信仰と現在の合格祈願、さらに東日本大震災の記憶が重なって残されています。

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