有名度
小結釣石神社
つりいしじんじゃ
宮城県石巻市北上町十三浜字追波305
落ちそうで落ちない釣石は受験の神
更新日:2026年8月12日
釣石
釣石神社を象徴する存在が、社名の由来にもなった巨石「釣石(つりいし)」です。本殿へ向かう石段の左手にあり、周囲約14mにも及ぶ大きさで、境内に入るとすぐに目を引きます。釣石は崖の中腹から大きく突き出し、今にも落ちてきそうな姿をしています。「釣石」という名も、岩があたかも上から釣り上げられているように見えることに由来するとされています。岩には太い注連縄が張られており、石段の下から見上げると、その大きさと絶妙なバランスを実感できます。
この巨石への信仰は古く、現在のように受験の神として知られるようになるはるか以前から、土地の人々に信仰されてきました。
釣石神社が鎮座する一帯は、かつて「舘ヶ崎」と呼ばれ、江戸時代には仙台藩領でした。仙台藩の地誌『封内風土記』にも境内の巨石について詳しい記録が残されています。
同書では境内に4つの大石があるとし、その大きさや形状を記したうえで、岩の姿を「あたかもこれを釣り揚げるが如し」と表現しています。さらに、上部に大石があって蓋をするような姿が岩窟にも見えることから、土地の人々が「釣石大明神」と呼んでいたことも記されています。

釣石神社の創建年代は明らかになっていません。神社の由緒によると、もとは現在地より奥にある国有林・鷹ノ巣山の産土沢と呼ばれる山上に祀られていました。しかし、山中では里人が参拝するのに不便であったことから北上川沿いへ移され、元和4年(1618)に現在地へ遷宮したと伝えられています。
その後も「釣山」と呼ばれていましたが、明治初期、境内の崖から突き出している巨大な釣石にちなみ、「釣山」から「釣石」へと改められました。宮城県神社庁によると、明治4年(1871)に現在の社号である「釣石神社」へ改称し、明治8年(1875)5月には村社に列格しています。
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落ちない受験の神
古くから信仰されてきた釣石が、現在のように「落ちない石」として広く知られるきっかけとなったのが、昭和53年(1978)の宮城県沖地震です。宮城県内に大きな被害をもたらした地震に見舞われても、今にも落ちそうに見える巨大な釣石はびくともせず、その場に留まりました。その姿から「これほど大きな地震でも落ちない石」として注目されるようになり、やがて「試験に落ちない」という願いと結びつき、受験生の合格祈願を集めるようになりました。
そして平成23年(2011)3月11日の東日本大震災では、釣石神社のある石巻市北上町十三浜も地震と津波によって甚大な被害を受けました。釣石神社も被災しましたが、巨大な釣石はこの大地震でも落下することなく、その場所に留まり続けました。
昭和53年(1978)の宮城県沖地震、平成23年(2011)の東日本大震災という2度の大地震を経験しても落ちなかったことから、「落ちそうで落ちない」という釣石の存在はさらに注目を集めました。現在では受験シーズンを中心に、試験に「落ちない」ことを願う受験生や家族が合格祈願に訪れる、釣石神社を代表する信仰となっています。


石巻市も釣石神社を合格祈願で知られる神社として紹介しており、合格祈願のほか、家内安全、身体健康、夫婦円満などの御利益があるとされています。また、冬には北上川河口に広がるヨシ原のヨシを使った大きな「ヨシの輪」が境内に設けられ、釣石とともに神社を象徴する光景となっています。
崖から今にも落ちそうに見えながら、長い年月にわたってその場所に留まり、2度の大地震にも耐えた釣石。迫力ある巨石を見るだけでなく、江戸時代以前から続く巨石への信仰と、震災を経て生まれた「落ちない」という現代の信仰の両方を知ることで、釣石神社ならではの魅力をより深く感じることができます。
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