有名度
前頭愛宕神社
あたごじんじゃ
岩手県奥州市江刺区愛宕字西下川原197
岩手県奥州市江刺区愛宕字西下川原197

かんたんご利益
- 仕事
- 厄除
愛宕神社には
「仕事系」「厄除・開運系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
火難除け 郷土守護 陶器・金属業守護
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「愛宕・秋葉系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
愛宕神社は、岩手県奥州市江刺愛宕に鎮座する神社である。
創建年代は明らかではない。伝承では、天正18年(1590)、豊臣秀吉の奥州仕置によって和賀氏の二子城が落城した際、和賀氏の家臣であった青木茂右衛門が神霊を奉持して当地へ帰農し、祠を設けて祀ったとされる。その後、茂右衛門家が愛宕神社の別当を務めたと伝えられている。
江戸時代に入ると、北上川東岸の下川原には仙台藩の御蔵が置かれ、万治2年(1659)には下川原御本穀所が開設されていた。江刺郡内から集められた年貢米が運び込まれ、百姓や駄送人夫、舟積人夫などが往来し、北上川舟運に携わる人々も居住した。
延宝年間には社殿が整えられた。由緒資料には延宝元年(1673)の社殿新築が記される一方、地域に残る由緒書では、延宝9年(1681)に下川原の石川惣左右衛門を本願主として再興されたと伝えられている。
元禄2年(1689)には下川原で町割が行われ、町屋敷57軒が設けられた。御蔵場や北上川舟運に携わる人々が暮らす町場が形成され、愛宕神社は下川原の鎮守として祀られた。
正徳4年(1714)には現在の本殿が造営された。同年6月には、仙台の結城重利による鵺退治を描いた額が奉納されたと伝えられている。
宝暦13年(1763)の風土記書上には、愛宕神社の御神体が木像であること、その制作年代が不明であること、祭礼が旧暦6月24日に行われていたこと、茂右衛門が別当を務めていたことなどが記されている。
江戸時代後期には、北上川舟運に携わった船主たちが航行安全を祈願し、愛宕神社へ船絵馬を奉納した。現存する船絵馬には天明3年(1783)、寛政元年(1789)、寛政5年(1793)の年紀を持つものがあり、このほか年紀不詳の江戸時代の絵馬も伝わる。当時、江刺郡内から集められた年貢米は北上川を利用して石巻方面へ運ばれていた。
正徳4年(1714)建立の本殿は、木造平屋建、鉄板葺、建築面積37平方メートルである。文久2年(1862)と昭和32年(1957)に改修が行われ、現在まで残されている。2024年12月3日には国の登録有形文化財に登録された。
愛宕神社に伝来する船絵馬は、1981年5月19日に奥州市指定有形民俗文化財に指定された。天明3年、寛政元年、寛政5年の年紀を持つものを含む船絵馬が保存されており、下川原川岸を拠点として北上川舟運に従事した船主らが奉納したものである。
現在の例祭日は7月24日である。宝暦13年(1763)の風土記書上では旧暦6月24日が祭礼日と記されている。
創建年代は明らかではない。伝承では、天正18年(1590)、豊臣秀吉の奥州仕置によって和賀氏の二子城が落城した際、和賀氏の家臣であった青木茂右衛門が神霊を奉持して当地へ帰農し、祠を設けて祀ったとされる。その後、茂右衛門家が愛宕神社の別当を務めたと伝えられている。
江戸時代に入ると、北上川東岸の下川原には仙台藩の御蔵が置かれ、万治2年(1659)には下川原御本穀所が開設されていた。江刺郡内から集められた年貢米が運び込まれ、百姓や駄送人夫、舟積人夫などが往来し、北上川舟運に携わる人々も居住した。
延宝年間には社殿が整えられた。由緒資料には延宝元年(1673)の社殿新築が記される一方、地域に残る由緒書では、延宝9年(1681)に下川原の石川惣左右衛門を本願主として再興されたと伝えられている。
元禄2年(1689)には下川原で町割が行われ、町屋敷57軒が設けられた。御蔵場や北上川舟運に携わる人々が暮らす町場が形成され、愛宕神社は下川原の鎮守として祀られた。
正徳4年(1714)には現在の本殿が造営された。同年6月には、仙台の結城重利による鵺退治を描いた額が奉納されたと伝えられている。
宝暦13年(1763)の風土記書上には、愛宕神社の御神体が木像であること、その制作年代が不明であること、祭礼が旧暦6月24日に行われていたこと、茂右衛門が別当を務めていたことなどが記されている。
江戸時代後期には、北上川舟運に携わった船主たちが航行安全を祈願し、愛宕神社へ船絵馬を奉納した。現存する船絵馬には天明3年(1783)、寛政元年(1789)、寛政5年(1793)の年紀を持つものがあり、このほか年紀不詳の江戸時代の絵馬も伝わる。当時、江刺郡内から集められた年貢米は北上川を利用して石巻方面へ運ばれていた。
正徳4年(1714)建立の本殿は、木造平屋建、鉄板葺、建築面積37平方メートルである。文久2年(1862)と昭和32年(1957)に改修が行われ、現在まで残されている。2024年12月3日には国の登録有形文化財に登録された。
愛宕神社に伝来する船絵馬は、1981年5月19日に奥州市指定有形民俗文化財に指定された。天明3年、寛政元年、寛政5年の年紀を持つものを含む船絵馬が保存されており、下川原川岸を拠点として北上川舟運に従事した船主らが奉納したものである。
現在の例祭日は7月24日である。宝暦13年(1763)の風土記書上では旧暦6月24日が祭礼日と記されている。
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出典
岩手県神社庁
https://www.jinjacho.jp/
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