末社 山神社・縁美須神社・水沢招魂社 | 駒形神社 - 神社ファン

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駒形神社

こまがたじんじゃ

岩手県奥州市水沢区中上野町1-83

末社 山神社・縁美須神社・水沢招魂社

更新日:2026年1月23日

山神社

末社である山神社は本殿にむかって右手、鹽竈神社との間に鎮座しています。御祭神は、木花開耶姫神(このはなさくやひめのかみ)と大山祇神(おおやまづみのかみ)です。木花開耶姫神は安産や子授けの神として広く信仰されており、大山祇神は山を司る神として、山林業や木材をはじめとする産業の守護神として知られています。これら二柱をお祀りすることから、山神社は産業開発、とくに木材関係の守護と安産祈願のご利益をあわせ持つ神社として信仰を集めてきました。
山神社
山神社では、安産祈願の方法の一つとして「安産枕」が用意されています。男児を希望する場合は白、女児を希望する場合は赤い枕を持ち帰り、出産の無事を願います。出産後は、感謝の意を込めて赤白二つの枕を神社に返納する形となっています。
山神社の安産枕
例祭は毎年10月12日に行われ、神前では山の恵みと産業の発展、そして母子の健康と安産が祈願されます。地域に根ざした信仰行事として、古くから大切に受け継がれてきた祭りです。

縁美須神社

本殿に向かって東南の方向、鹽竈神社の向かい側には、縁美須神社と呼ばれる末社があります。縁美須神社は比較的近年に建てられた神社で、社の周囲に数多くのひょうたんが吊るされ、恵比寿様の像が目につく点が大きな特徴です。境内の中でも視覚的に分かりやすく、印象に残る存在となっています。
縁美須神社 社殿
お社の周りに掛けられている赤・黄・緑など色とりどりのひょうたんは、駒形神社で厄祓いのご祈祷を受けた方に授与される「厄難封じひょうたん」です。祈祷後には、ひょうたんに息を三度吹き入れ、厄の気を封じ込める作法が行われます。
縁美須神社に奉納された厄除けひょうたん
縁美須神社の社殿のまわりにはたくさんの恵比寿像が奉納されており、、恵比寿信仰に基づく境内社として、仕事や人との縁に関する祈願が行われており、厄除け・縁結び・商売繁盛のご利益があるとされています。
縁美須神社のえびす像

水沢招魂社

塩炊き釜の隣に鎮座する末社・水沢招魂社は、奥州市水沢の駒形神社境内にある招魂社です。お祀りされているのは、戊辰戦争から第二次世界大戦までの間に殉じた郷土出身の英霊1,099柱で、地域では「郷土の靖国神社」ともいわれています。
水沢招魂社 社殿
駒形神社公式の沿革によれば、この場所の前史は元和9年(1623年)にさかのぼります。水沢公園内で荒廃していた愛宕社が再興され、この頃から周辺は「愛宕が丘」と呼ばれるようになったとされます。宝暦5年(1755年)には、京都四条の仏師・中川権之亟景政による仁王像(阿吽二対)が愛宕社門の両脇に奉納され、現在は長光寺山門に安置されていると伝えられています。さらに明治10年(1877年)には、愛宕社に天照皇大神の分霊が勧請されました。
水沢招魂社 扁額
明治42年(1909年)9月、荒廃した愛宕社跡地に、日清戦争・日露戦争・北清事変、第八師団雪中行軍などで殉じた戦没者英霊を祀る招魂社が創建されました。当時は軍人分会が管理運営を担い、例祭日を4月30日と定め、在郷軍人による奉納試合や行列が行われるなど、地域の大きな行事として賑わいを見せていたと記されています。
英霊顕彰碑
その後、例祭の時期は変更され、現在は毎年7月10日に斎行されています。招魂社の隣には英霊顕彰碑が建てられ、殉じた1,099名の名が刻まれており、郷土の歴史と記憶を今に伝える場となっています。

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